僕は未見だったので本日7:15からBSプレミアムで再放送が始まったことはただでさえ楽しみなのに、毎朝宮崎あおい&能年玲奈というダブルかわいこちゃんを見ることができるんだ、こんな嬉しいことはない、わかってくれるよね、ララァにはいつでも会いにいけるからなどと独り言ちている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『純情きらり』の第1回目の放送を見ましたよ。
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NHK朝の連続テレビ小説『純情きらり』第1回
NHK『あまちゃん』第6回
ドラマの舞台は北三陸市という架空の街なのだが、岩手県久慈市がモデルであるということは判明しており、劇中の北三陸鉄道というのは三陸鉄道であり、第1話で主人公らが降り立ったのも同鉄道北リアス線の久慈駅を模した北三陸駅であり、地図で見るとずいぶん北にあるんだなあと驚くわけだが(‘ j ’)/、同じように久慈市の海人センターの辺りを地図で見ると駅から9kmほどの距離があることがわかり、駅長の大向(杉本哲太)が春子(小泉今日子)や夏(宮本信子)を車で送迎するのも納得なのだけれど、そのわりには春子が時折一人で駅と実家を簡単に往復したり、サイレンが鳴った途端に大向が家に現れたりするのでどうにも腑に落ちないなあと思っている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第6回目の放送を見ましたよ。
アキ(能年玲奈)は自ら海に飛び込んだ。誰かに背中を押されるのではなく、自分の意思で海に飛び込んだ。そうすることで、アキは自分で自分の殻を破ろうとしたのだ。
海に沈みながら、アキはこれまでの学校生活を思った。クラスメイトたちから、アキは何を考えているかわからず地味でつまらない少女だと思われていた。それどころか、目の前でまるで本人がいないかのように、アキの悪口を言うのだ。東京には忌まわしい思いしかないのだ。
しかし、自ら飛び込むことでアキは変わった。海面に浮上したアキの表情は晴れ晴れとしていた。その時を境にアキは生まれ変わった。地味で暗くてパッとしない自分自身を海の底に捨ててきたのだ。
サイレンを聞きつけて海へ駆けつけた春子(小泉今日子)と夏(宮本信子)に向かって、アキは「海女になる」と満面の笑みで宣言した。
漁協の海女クラブには、話を聞きつけた人々が早速集まってきた。24年ぶりの海女の誕生に大いに盛り上がった。しかし、春子だけは面白くなかった。アキが海女になることをまだ認めたわけではないと言い、ふたりで話し合いたいと言うのだ。
アキと春子は、実家の縁側で話し合った。夏は向こうで居眠りをしていた。春子はそれがタヌキ寝入りであって、ふたりの話を盗み聞きしているだろうことは分かっていたが、放っておいた。
春子は、海女がどんなに厳しい仕事かを説明してアキを翻意させようとした。水が冷たいことや、場合によっては海難事故に遭うことなどを説明した。過酷である証拠に、もう24年間もなり手がいないのだと言った。
けれどもアキは珍しく強情だった。実際にやってみなければ、本当に良いことがあるのかないのか、悪いことばかりなのかわからないと言うのだ。
春子は自分の生涯について話し始めた。
初めての記憶は、仕事をする夏に連れられて海へ行ったことだ。幼い春子(豊嶋花)は、その時から海を見ると不安になるようになった。夏が海に潜ると、二度と浮かんでこないのではないかと、流されて死んでしまったのではないかと恐ろしくなるのだ。やっと海から顔を出すと春子はほっとした。しかし、またすぐに潜るので不安になる。その繰り返しだったのだという。
小学校高学年になると、春子(田附未衣愛)は強制的に潜りの練習をさせられた。当時の夏は今よりもずっと厳しく恐ろしかったので、春子は逆らうことができなかった。
1984年6月30日、高校3年生の春子(有村架純)のところへ、市長(北見敏之)らが訪ねてきた。翌日の北三陸鉄道開通、および、海女漁の解禁に合わせて春子を海女としてデビューさせたいというのだ。観光客やマスコミが大勢集まるので、高校生海女を話題にさせて、街を盛り上げようという目論見なのだ。夏をはじめ、周囲の人々はすでに承知済みのようだった。すでに春子の海女用絣半纏まで準備されていた。
それが嫌で、ついに春子は家出したのだ。開通した鉄道の始発列車に飛び乗って東京へ出た。それから24年間、一度も帰省することはなかったのだ。
アキは、初めて聞く母の生い立ちに興味をいだいた。祖父・忠兵衛(蟹江敬三)や、父・正宗(尾美としのり)のことも聞いてみた。
春子の父・忠兵衛は遠洋漁業の船乗りで、年に10日ほどしか家にいない。この辺りではどの家でも同じ境遇なので、そういうものだと納得はしていた。けれども、やはり寂しさを感じずにいられなかったのだという。両親共に仕事ばかりだったからだ。
そういう思いがあったので、春子は家庭を大切にしてくれる人と結婚したいと思った。漁師や船乗りではなく、陸にいて、毎日家へ帰ってきてくれる夫であり父が理想だと思った。それで正宗と結婚した。しかし、実際に正宗が毎日帰ってくると、それはそれで疲れると本音を言った。こんなはずじゃなかったのにと自嘲した。
そこまで話すと、春子は何かが吹っ切れた。結婚はやってみなければわからない。海女も同じだ。アキが海女になることを許可した。ただし、夏休みだけの期間限定とした。2学期が始まったら東京の学校へ戻り、勉学に励んできちんと卒業することを条件とした。アキは喜んで約束した。
アキは、すぐに夏に報告しようとした。しかし、そこで寝ていたはずの夏は、翌日のウニ丼の仕込みのために台所に入っていた。その代わり、床の上に海女の衣装が置いてあった。見ると、春子の名前が縫いつけてあった。24年前、春子が着るはずだった絣半纏だ。アキはそれを愛でた。
翌日、アキはその衣装を身につけ、先輩海女たち(渡辺えり、木野花、美保純、片桐はいり)と共に磯へ向かった。最初の仕事は、観光宣伝ポスターの撮影だった。
こうして、晴れて24年ぶりに新人海女が誕生した。
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NHK『あまちゃん』第5回
これまで橋本愛という人については、オムニバス映画『BUNGO ~ささやかな欲望~』の中の「鮨」(原作: 岡本かの子)においてリリー・フランキーと共演しているのを一度見たきりであり、その洗練され過ぎた美少女っぷりに「俺の趣味じゃねーな。やっぱ谷村美月とか黒木華とか(いずれも同映画に出演)のような、ちょっと溶けかかったソフトクリームみたいな路線の方が好みだな」などと思ったわけだが、本ドラマに出演する彼女を見ているうちにその見方も変わってくるだろうかと思っている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第5回目の放送を見ましたよ。
アキ(能年玲奈)が夏(宮本信子)と共にウニ丼の車内販売をしていると、畑野駅からユイ(橋本愛)が乗り込んできた。
夏とは知り合いであり、紹介してもらった。簡単な自己紹介を行い、お互いが高校2年生だということがわかった。一言話しただけだが、ユイは他の地元民とは違って、とてもきれいな標準語を使うことがわかった。一方のユイは、アキの喋り方が訛っていると言うのだった。
車内販売を終えると、夏は昼寝のために家に帰った。アキは駅の喫茶店リアスに向かった。そこでユイの家族について話を聞いた。駅長の大向(杉本哲太)によれば、ユイの父・足立功(平泉成)は岩手県議員であり、地元の名士である。しかも、元高校教師で、春子(小泉今日子)や大向などの担任だったという。この街では彼に頭の上がらない者が多い。
ユイの兄・ヒロシ(小池徹平)は今春大学を卒業し、東京のホテルに就職した。しかし、すぐに退職して地元に帰ってきたのだという。ブラブラしていて、パチンコ屋に入り浸っていると噂になっている。最近、やっと新しいバイトを始めた。漁港の監視員の仕事で、小屋に篭って密漁などの見張りをしている。しかし、やる気がなくてサボりがちであった。
話題は海女の後継者問題に移った。春子に海女をさせることについては、大向が説得係だった。大向の説得はすでに失敗していたが、そのことを言うタイミングを失ってしまった。というのも、大向は昨日春子への恋心を告白した。色よい返事はもらえなかったが、自分の気持ちを伝えたることには成功したと思っていた。弥生(渡辺えり)から「(海女の説得は)うまくいっているのかい?」と聞かれたものを「(愛の告白は)うまくいっているのかい?」と受け取ってしまったのだ。それで首尾は上々だと答えてしまった。すぐに自分の勘違いに気づいたが、周囲が喜んだので訂正するわけには行かなくなってしまったのだ。
みんなが春子の海女就任を期待するほど、北三陸の状況は悪かった。現在、海女は5人しかおらず、一番若い42歳の安部(片桐はいり)は地味で見た目が良くないので人気がない。しかも、漁協の事務員と二足のわらじであり負担もかけられない。次に若いの美寿々(美保純)は50歳だ。彼女は比較的見た目がかわいらしく、若い頃は東京から大勢の追っかけが来たものだった。しかし、今や見る影もない。結果として、観光客もほとんどおらず、尻すぼみになるばかりなのだ。そこで美人の春子を海女にすれば、それを目当てに観光客が増えるだろうというのだ。
大人たちの話を聞いて、アキは過疎の街の実態を改めて思い知らされた。春子にすら頼らなければ立ち行かない街の現状に驚いた。北三陸にはきれいな海、美味しい海産物、かわいい鉄道がある。しかし、それだけでは人は生きていけず、必死になってもがき苦しまなければならないのだと知った。
それでもアキは北三陸が心の底から好きになっていた。そして、ここは自分に合っていると思った。ここにいる自分のことが好きになっていた。
その頃、春子が実家に帰ってきた。夏に対して、アキのことを相談した。今日こそ、アキが東京に帰るか、ここに残るか決めさせるというのだ。春子によれば、アキは変わったという。東京にいる時は感情を表に出さず、家族や友達にも心を開かなかった。それが、北三陸に来てからは「うめー!」「かっけー!」「じぇじぇじぇ!」などと感情を素直に表現するようになった。アキは夏にも懐いているし、せめて夏休みが終わるまでは滞在させてやりたいと言うのだった。
夏はアキの受け入れを承諾した。アキが自分から変わろうとしていることは、夏にも分かっていた。そんな彼女を受け入れてやるというのだ。
その一方で、夏は春子自身へ水を向けた。春子に、東京と故郷のどちらが好きかと訪ねた。春子は東京に決まっていると即答した。しかし、夏はそれを信じようとはしなかった。今変わるべきなのは、アキではなく春子ではないかと指摘するのだった。
アキは家へ直行せず、漁港へ向かった。堤防の先端に立つと、春子から「地味で暗くて向上心も協調性も個性も華もないパッとしない娘」と言われたことが思い出された。アキはそれを打ち消したかった。自分が変わるには今しかないと思った。恐怖心に打ち克ち、アキは思いっきり海へ飛び込んだ。
監視小屋のヒロシは一部始終を見ていた。監視員に就任して初めての事件であり、ヒロシは慌てふためいてしまった。状況をよく確認する前に非常ボタンを押した。すると辺り一帯に非常サイレンが鳴り響き、大騒ぎになった。
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NHK『あまちゃん』第4回
故・伊丹十三は宮本信子にベタ惚れだったようだけれど、彼女はそんなに美人でもないしどこがそんなに良かったんだろうかと常々思っていたわけだが、よく考えたら僕も死後に「木公は山瀬まみにベタ惚れだったようだけれど、彼女はそんなに美人でもない」などと言われてはかなわないので、この話はほどほどにしておこうと思った当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第4回目の放送を見ましたよ。
東京に帰ると言いつつ、グズグズと北三陸市に残っていた春子(小泉今日子)は行くあてもなく実家の方へ来てしまった。袖ヶ浜の漁港に足を向けると、停泊した船の上で娘・アキ(能年玲奈)と母・夏(宮本信子)が話しているのを見つけた。
その瞬間、春子の脳裏に忌まわしい記憶が蘇った。昔、夏は幼い春子(田附未衣愛)を船に乗せ、無理やり海に落として潜りの特訓をさせたのだ。
その時と全く同じように、夏はアキを海に突き落とした。春子は悲鳴を上げた。
しかし、当のアキは海の意外な気持ちよさを知った。海に浮かびながら満面の笑みを浮かべた。
夏も一緒に笑っている。夏によれば、海に入るときにはあれこれ考えてもどうせ思い通りにならない。それならば、何も考えずに飛び込むのが一番だと話した。水が冷たいことや、足がつかないことを心配しても始まらない。先のことを案じても仕方ないのだ。アキはやはり自分の孫だと言って高笑いした。
春子が駆けつけてきた。夏に対して、アキに変なことを教えないでほしいと食ってかかった。海が好きになったアキに対しても、自分が嫌いなものばかり好きにならないでほしいと吐き捨てた。そして、春子は怒って立ち去った。
アキは体を乾かすために漁協事務所へ行った。そこには海女たち(渡辺えり、木野花、美保純、片桐はいり)が集まっていた。
アキは、春子は海が嫌いなのではないか、だから海女にならずに東京に行ったのではないかと疑問をぶつけた。しかし、古くから春子を知る海女たちの意見は必ずしもそうではなかった。もっと複雑な事情があるが、一言で言えば反抗期だったと言うのだ。髪にパーマをあてるなど、当時の春子はグレていたと言うのだ。
では、そうまでして故郷を捨てた春子なのに、今回はなかなか東京へ帰らないのはなぜなのかという疑問が持ち上がった。夏は、春子の夫婦仲がうまくいってないのではないかと、ズケズケと言った。一方、アキは自分のせいではないかと打ち明けた。アキは春子から、地味で暗くて向上心も協調性も個性も華もないパッとしない娘だと言われている。そのような子のいる家庭に帰りたくないのではないかと言うのだった。
春子は東京に帰るでもなく、まだ街中をぶらぶらしていた。パチンコ店に入り、隣に座った見ず知らずの男・ヒロシ(小池徹平)に「居場所がない」などと脈絡もなく愚痴る程だった。ついに行き場所がなくなり、幼馴染で駅長の大向(杉本哲太)に家まで送ってもらうことにした。
車中でふたりは昔の話をした。大向は街の活性化をライフワークにしている。市民の足である北三陸鉄道の運営に尽力しているし、観光客を誘致することに躍起になっている。
春子は、過去に大向が言っていた言葉を思い出した。1984年の北三陸鉄道リアス線の開業日、家出する春子(有村架純)に向かって大向(東出昌大)は、これからは地方の時代だと豪語した。鉄道によって人々の移動が活発化し、北三陸市も活性化すると予言したのだ。しかし、その目論見は失敗に終わり、未だに街はくすぶったままである。
春子は、大向には東京や仙台など活気のある街へ出て働くことも可能だったと指摘した。そうせずに、なぜ寂れた田舎にとどまり続けるのか、皮肉交じりに訪ねた。すると大向は真剣な表情を浮かべて、春子が帰ってくるのを待っていたのだと、告白まがいのセリフを吐いた。しかし、その時、列車車庫の横に車を停めて話していたふたりのそばへ、列車が迫ってきた。ぶつかることはないけれど、巨大な列車が迫ってくる様子に春子は驚いてしまった。それで話は有耶無耶になった。
その夜、結局春子は実家に泊まることになった。夏は東京に帰れない理由でもあるのかなどと皮肉を言うのだった。また、春子が大きな荷物を持って街中をウロウロし、パチンコ店に入り浸っているなどと噂になっていて恥ずかしい思いをしているなどときつく言うのだった。
それを口火に、春子と夏の口げんかが始まった。夏は、春子が結婚や出産を一切知らせなかったことを指摘し、もう娘でもなんでもないと言うのだった。対する春子は、父・忠兵衛(蟹江敬三)が死んだことについて何も言わないし、帰ってきても歓迎もされない。親ではないと罵った。
アキは喧嘩するふたりをオロオロと見ることしかできなかった。ついには、春子は家を飛び出した。春子は港の灯台へ向かった。そこは、昔から隠れ家にしていたところだ。少女時代、パーマをあて聖子ちゃんカットにしたことを夏に叱られた。その時も逃げてきた。当時書いた落書きが今でも残っていた。「海死ね 東京 原宿 表参道」などと、東京へ憧れを抱いていた10代の自分を思い出すのだった。その日は夜中にこっそりと家に帰って眠った。
翌日。今日は夏は海に潜らない。その代わり、大量にウニを仕入れ、それをウニ丼にして売ることにした。アキに手伝わせ、いつもよりも多く売ろうという魂胆だ。売り子にしては声の小さいアキは夏に注意された。それで頑張って大声を張った。
車内販売をしていると、列車は畑野駅に着いた。そこから一人の美少女・ユイ(橋本愛)が乗り込んできた。アキは彼女の雰囲気にただならぬものを感じた。
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NHK『あまちゃん』第3回
アイドル時代の小泉今日子は僕の頭では処理しきれないほど美人だったのでむしろ嫌いだったのだけれど、彼女が結婚→離婚していい感じに枯れてきてからはとても好ましく思うようになり、これが「わびさびってことか」などと勝手に納得している当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第3回目の放送を見ましたよ。
春子(小泉今日子)は、自分が騙されて帰省させられたことや母・夏(宮本信子)とのわだかまりが残っていることに腹を立て、東京へ帰ることにした。
しかし、アキ(能年玲奈)は帰りたくないと言って座り込んでしまった。一刻も早く立ち去りたい春子は、アキを残して一人で駅へ向かった。夏は、春子の気性が昔を変わってないことに呆れるのだった。
その場にいた大向(杉本哲太)がすぐに春子を追いかけた。高速バスで帰ろうとしている春子を捕まえ、鉄道に乗るべきだと強引に荷物を掴み去った。そして列車の時間まで駅の喫茶店で時間を潰した。
春子は大向にアキのことを話した。アキは中学から私立の進学校に入ったが、勉強に付いて行くのがやっとなのだという。それで学校が嫌いになり、東京に帰りたくないと言っているのに違いないのだ。その上、アキは性格が暗い。家族と一緒に居間にいても、一言も喋らずケータイでゲームばかりしている。春子の夫・正宗(尾美としのり)も読書ばかりしていて喋らない、暗い性格だ。アキは彼の性格を受け継いだというのが春子の意見だ。
その喫茶店リアスにいた海女の弥生(渡辺えり)や美寿々(美保純)は春子の話がにわかには信じられなかった。彼女らが会ったアキは美味しそうにうにを食べ、よく笑う快活な少女だったからだ。
喫茶店リアスは小さな店で、カウンターが数席あるのみだ。地元の常連客でいっぱいである。経営も緩やかで、手の空いているものが交代で店番をしている。今日は海女の美寿々と副駅長の吉田(荒川良々)が担当している。
するとそこへ、夏がカウンターに姿を現した。そもそもここは、夏の店だったのだ。家での仕事を終えた夏がやって来たのだ。
春子が話に夢中になっている間に最終列車が出発してしまった。今日はもう東京へ帰る手段がない。しかも、夏が喫茶店にやって来たものだから、居心地が悪くなった。夏の家に世話になる気はこれっぽっちもない春子は、ビジネスホテルに泊まると言って店を出た。
そんな春子を大向が慌てて追いかけてきた。そして、ビジネスホテルにチェックインする前に、春子をスナックに案内した。ところが、確かにさっきとは違うドアをくぐったのに、そのスナックはさっきの喫茶店と同じ店だった。なんと、その店には入口が2つあり、内部が可動式パーティションで区切られていたのだ。昼はカウンターのみの喫茶店なのだが、19時半からはパーティションを開放してスナック営業を始めるのだった。春子は頭を抱えた。
夜が明けて7月1日となった。袖が浜海岸の海女漁解禁である。アキが目を覚ますと、夏はすでに準備万端整えていた。アキは伝統的な絣半纏の海女装を身につけた夏の格好の良さにますます惚れ込んだ。見物客も集まり、盛大に海開きが行われた。アキは夏が潜る姿を夢中で見ていた。
その日の漁が終わった。アキは夏に海女漁を行う理由を聞いた。夏の第一の理由は、面白いからというものだった。しかも、海に沈むウニが金に見えてくるという。他人に拾われる前に自分が拾わなくてはならないと思い、夢中になるのだという。アキは笑顔で楽しそうに話を聞いていた。
夏はアキにも海に潜ることを勧めた。しかし、引っ込み思案なアキは、自分には無理だと言って強く否定した。
その時、夏がアキの背中を強く押した。海に突き落とされたのである。アキは落ちながら
「なにすんだ、このババア」
と思っていた。
その一部始終は、どういうわけかまだ東京に帰る気にならず、辺りをぶらぶらしていた春子が目撃していた。
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NHK『あまちゃん』第2回
どこかで「能年玲奈には『機動警察パトレイバー』の主人公・泉野明を演じて欲しい(参考: PATLABOR実写版プロジェクト)」というコメントを見て「それいいね!」と思ったりした、泉野明と同郷(北海道苫小牧市)の当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第2回目の放送を見ましたよ。
初めて海女・夏(宮本信子)を見たアキ(能年玲奈)は、彼女がとてもかっこよく見え、大感激した。獲りたてのウニをその場で割って食べさせてくれた。その美味さにも感激した。
そこへ海女(渡辺えり、木野花、美保純)たちが集まってきた。さっき、漁協で会った女たちだった。彼女たちの紹介で、アキと夏は互いに孫と祖母だということを知った。初めての対面ではあったが、アキはウニを食べるのに夢中で感動の出会いという様子ではなかった。矢継早に8個ものウニを平らげてしまった。夏の孫であるという事実を抜きにして、その食べっぷりでアキは海女たちにすっかり気に入られてしまった。
その頃、夏の家では、春子(小泉今日子)が、駅長・大向(杉本哲太)と漁協職員・安部(片桐はいり)から経緯の説明を受けていた。
北三陸市の主な産業は遠洋漁業だ。男たちは1年の大半を船に乗ったままで過ごす。留守を守るのは女たちであり、素潜りで海産物の採集を行なっている。特に、北三陸の海女は世界的に見てもっとも北方の海女であり「北の海女」として観光資源にもなっている。その中のリーダー格が夏である。夏は獲りたてのウニで丼を作り、それを北三陸鉄道の車内で販売もしている。海女漁の見学、鉄道から見る風景、そして夏のうに丼が観光の目玉なのだ。
しかし、海女は深刻な後継者不足に陥っており、夏を含めて5人しかいない。その上、高齢化問題も切実だ。夏は64歳、一番若い海女の安部ですら42歳である。最近、夏は高齢を理由に引退をほのめかしているという。さらに悪いことには、夏を慕う海女たちは、安倍を除いて、全員それに同調して引退しようとしているのだという。
このままでは重要な観光資源が失われてしまう。そこで大向と安倍は、夏の娘であり、街でも評判の美人だった春子を呼び戻して海女にしようとしている。夏が危篤だと嘘をついてまで、春子を北三陸に来させたのだ。ふたりは土間に土下座をして海女になってくれるよう頼み込んだ。
もちろん、そのような頼みに応じる春子ではなかった。そもそも24年前に家出したのも、田舎で海女になるのが嫌だったからだ。それから実家とは絶縁状態である。仏壇に飾られた父・忠兵衛(蟹江敬三)の遺影を見て、今日初めて父が亡くなったらしいことを知ったほどである。北三陸に帰って来て、母・夏の跡を継ぐなど、春子には考えられないことだった。
そこへ、夏とアキが帰ってきた。24年ぶりの母子の再会であるが、ふたりは睨み合うだけで言葉を交わそうとはしなかった。夏に付いて来た海女たちは、その険悪な雰囲気に恐れをなして逃げていってしまった。アキは事情がわからずきょとんとしていた。大向がふたりを仲裁したが無駄だった。
大向は、引退する夏の代わりに春子に海女になってもらうという計画を話した。それを聞いた夏は、自分は引退しないと言い切った。自分の食い扶持は自分で稼ぐつもりであるし、ましてや絶対に春子の世話にはなるつもりはないと言うのだった。
売り言葉に買い言葉で、春子も腹を立てて東京へ帰ると言い出した。荷物を持って家を出ようとするが、アキが付いてこない。
アキは座り込んで
「帰りたくない」
と動かなくなった。
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NHK『あまちゃん』第1回
エイプリールフールネタは明らかに失敗であり、妙に早朝に目が覚めてしまい、その恥ずかしさと情けなさを思い出してベッドの中でのたうち回ってしまった当方が、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』の第1回目の放送を見ましたよ。
1984年(昭和59年)7月1日、松田聖子やチェッカーズの歌と並んで、吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」が流行していた。
その日、北三陸鉄道リアス線の開通式が行われていた。ここ岩手県北三陸市にはこれまで鉄道がなかった。地元の悲願がついに成就したのだ。市民が大勢集まって大賑わいだった。
ごった返す人々をかき分け、18歳の天野春子(有村架純)は始発電車に飛び乗った。ひとりで故郷を捨て、東京へ旅立つためだ。それから24年、春子は一度も北三陸市に帰ってくることがなかった。
2008年(平成20年)夏。
42歳となった春子(小泉今日子)に、母・夏(宮本信子)が危篤であるという連絡が入った。意識がなく、最悪の事態だという。その報せを受けて、春子は一人娘のアキ(能年玲奈)を連れて帰郷した。アキにとっては、母の故郷を尋ねるのも、親族に会うのも初めてのことであった。
母子が北三陸駅に到着すると、駅長の大向大吉(杉本哲太)が出迎えてくれた。春子に危篤の報せをしたのも大向である。
ところが、大向は病院に直行しようとはしなかった。待合室で列車を待つ地元市民に春子を見せたり、観光協会へ案内したり、海沿いの漁業組合に案内したりするばかりだ。春子は大向の行動に不信感を抱きつつも、他の交通手段がないので彼の運転する車で連れ回されるのに任せた。
漁業組合では、特に人々の言動がおかしかった。そこに集まる人々は夏と親しい者ばかりなのに、危篤であるはずの夏を心配する者は一人もいないのだ。むしろ、夏は風邪すらひくことのない健康体だと言って笑い飛ばすほどだった。
大向はやっとふたりを春子の実家に連れて行った。
家は無人だった。しかし、ついさっきまで誰かがいた様子が見て取れた。しかも、鍋を火にかけたままであった。住人が昼食の準備中に何かを思いついて、ちょっとだけ家を出たという感じであった。
それを見て、春子は全てを悟った。夏が危篤だというのは大向の狂言であると確信した。夏は病気などしていない。今だって、味噌汁に入れるワカメが切れているのに気づいて、海へ取りに行ったのだろうと予想した。春子はアキに海を見に行くよう命じた。
アキは道もわからないまま、海が見える方へ歩いて行った。春子の実家は漁業集落の中にあり、軒先で干されている魚や東北独特のリアス式海岸など、東京育ちのアキにとっては見るもの全てが物珍しかった。
やっと海にたどり着くと、アキは初めて本物の海女を見た。その海女は浮上するとアキの姿を見つけた。海女は採ってきたばかりのウニを食べろと言って放り投げてきた。
それがアキと夏の初めての出会いだった。
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『あまちゃん』の公式サイトを見た俺の独り言
NHK『おしん』第13-18回(第3週)
どうも自宅HDDレコーダーが不調でDVDに移すことができず、せっかく全話をDVDに保存しておこうと思ったのにそれができないとなるとすごく萎えてしまうだろう当方が、NHK連続テレビ小説アンコール『おしん』の第3週を見ましたよ。
おしん(小林綾子)は、つね (丸山裕子)の金を盗んだという濡れ衣を着せられた。どんなことがあっても春までの辛抱だと耐えていたはずなのに、我知らず緊張の糸が切れ、無断で奉公先を飛び出してしまった。実家に帰るつもりで山に入っていったが、激しい吹雪となり、おしんは行き倒れてしまった。
おしんが目を覚ますと、粗末な山小屋の藁布団の中で、知らない男と一緒に寝ていた。
男は俊作(中村雅俊)という猟師だった。松造(大久保正信)という老人とともに、山の中で暮らしているという。俊作は山の中で凍死寸前のおしんを見つけ、小屋まで運んで一晩中暖め続けたので。おかげでおしんは九死に一生を得た。
おしんは一晩で回復したので、松造はおしんを山の麓まで送って行こうとした。しかし、おしんは帰ることを拒否した。逃げ出してきた奉公先には戻りたくないし、実家に帰るわけにもいかない。どこにも行き場所がないと訴えた。その話を聞いて、俊作はしばらく預かってやることにした。おしんには深い事情があるのだろうと察したのに加え、いずれにせよこの深い雪では故郷に帰れるわけもないからだ。春まで置いてやることにした。
陰で、松造は俊作に小言を行った。自分たちは世間から隠れて山に暮らしているのに、よそ者と関わるろくな事にならないというのだ。後におしんが自分たちの居場所を漏らしてしまうと、命が危なくなる。隠れ家の場所を深く知る前に帰すのが得策だというのだ。しかし、俊作は聞き入れなかった。おしんも自分たちと同じように何かから逃げている。そのような人間を放ってはおけないというのだ。
その頃、おしんの奉公先では騒ぎになっていた。
つねの財布からなくなっていた50銭銀貨は、主人・軍次(平泉征/現・平泉成)が無断借用したと言うのだ。支払いをするときにちょうど銭がなかったので、そこにあった財布から借りたのだ。軍次はうっかりしていて言い忘れたと謝った。おしんの所持していた銀貨は彼女自身のものだったということが証明されたのだ。
しかし、主人の行いに対して、つねは何も抗議しなかった。その上、おしんに気の毒をしたと反省する色も見せなかった。おしんは自分が米1俵と引き換えに奉公に来たということをよく理解しており、その責任を果たすために、すぐに戻ってくるだろうと楽観的に考えるばかりだった。
おしんには、俊作と松造が何者かはわからなかった。しかし、一見怖い顔の俊作ではあるが、どことなく眼差しが優しいことに気づいていた。おしんは俊作に妙な安らぎを感じ取っていた。
(第14回)
俊作らは粗末な暮らしをしていた。猟で仕留めた獣や少ない野菜を煮込んだものを食べていた。動物の毛皮や山で作った炭を春になったら麓に売りに行き、他の必要な物を手に入れるのだという。それでも、おしんには目新しい生活が楽しくて仕方なかったし、毎度暖かい食事にありつけるのもありがたかった。
おしんは、奉公先を飛び出した経緯を話した。奉公が辛かったり、盗みの疑いをかけられたことを苦にして逃げたのではないと説明した。奪われた50銭銀貨は、自分がどんなに腹が減っても使わなかった金だ。同じように、祖母(大路三千緒)が食べるものを我慢して作ったへそくりだ。その金が奪われたことを悲観し、また、実家に繋がる川の流れを見ていると、我知らずに歩き出してしまっていたと話した。
俊作はおしんに同情した。おしんの名は「信」(信じる)、「心」(こころ)、「芯」(物事の中心)、「新」(新しい)、「真」(真実)、「辛」(辛抱)、「神」など、様々な意味を持ち、良い名であると褒めた。その名前に負けないように、強くい生きろと励ました。そして、これまでの辛かったことは全て忘れて、春までゆっくりとここで過ごせと言うのだった。
しかし、松造は俊作とは反対の立場だった。ここでの生活が他人に知られると身が危険であるばかりか、そもそも質素な生活であるところにおしんの食料まで負担が増えるというのだ。それにもかかわらず、俊作はおしんが満腹になるまで際限なく食事を与えた。
松造は、貧乏な農家の三男として生まれたという。幼い頃は村長の家で奉公し、年季が明けて実家に帰ったが相続する土地がなかった。仕方なく、山へ入り炭焼の仕事を始めた。貧乏なためになかなか結婚できなかったが、なんとか妻を娶り2人の息子も生まれた。ところが、そんな息子たちに残す財産などあるはずもなかった。息子はいずれも軍人になり、日露戦争の203高地(中国旅順)で2人とも戦死した。以後、ひょんなことから俊作と出会い、親子同然として暮らして今に至る。
松造は、おしんの前であることも忘れ、俊作に自分の命を大切にしろと説得するのだった。
それでも、おしんが俊作らと暮らし始めて20日ほどが過ぎた。俊作の猟について行ったり、松造の炭焼を見学したりと、全てが新鮮であった。実家のことも奉公先のことも、全ては遠い世界のおとぎ話のように思えてくるのだった。
その頃、つねは源助(小倉馨)を呼びつけていた。彼がおしんの奉公を世話したのだ。いなくなってから20日も経ったのだから、もう実家に帰っているに違いない。おしんは年季明けの前に帰ってしまったのだから、先払いした米1俵を取り返して来て欲しいというのだ。おしんは使い物にならないので、もう帰ってくる必要はないと告げた。
ただし、おしんから取り上げた50銭銀貨だけは源助に託し、本人に帰すよう頼んだ。
(第15回)
源助はおしんの実家に来て、力づくで米を奪っていった。
ふじ(泉ピン子)と作造(伊東四朗)はおしんが出奔したことなど初耳で、おしんも帰っていないと訴えるが源助は容赦がなかった。
作造は激怒した。今後おしんが帰ってきても、二度と敷居をまたがせないと息巻いた。
一方のふじはおしんがもう死んでいるものと思った。この雪深い中、子どもが一人で山に入ったら到底生きているはずがないからだ。せめて遺体だけでも探そうと飛び出したが、作造が押しとどめた。子どもはおしんだけではなく、先日生まれたばかりの赤ん坊も含め、他の家族もいる。それらの面倒も見ずに家をでることは許されないというのだ。ふじは悲しんだ。
源助が持ってきた銀貨は、祖母の手に戻った。最後の望みの現金すら持たずに飛び出すとは、おしんに何があったのか想像もつかなかった。
俊作の家で世話になっているおしんは、せめてもの償いにと、あれこれよく働いたし、あかるく健気だった。
ところが、俊作はおしんが必要以上に働くと、怒るような素振りを見せた。おしんには理由がわからなかったが、俊作は必要以上に情が移ったり、懐かれたりするのを避けようとしていたのだ。むしろ、そういった感情を抑えることがすでに難しくなっており、俊作はおしんを預かったことをすでに後悔し始めていた。
俊作は、複雑な思いを抱えながら、戸外でハーモニカを吹いていた。それは肌身離さず、いつも持っているハーモニカだった。ハーモニカを初めて見聞きするおしんは、それが珍しくて仕方がなかった。そばによってよく聞こうとするが、俊作は無言で立ち去ってしまった。
おしんは悲しくなった。ここでも自分は邪魔者扱いされているのだと思ったのだ。この世で自分に優しくしてくれるのは、実家の母と祖母しかいないと思った。
そんなある日、俊作が酷い熱を出して倒れた。服を脱がすと、腹に大きな傷跡があった。松造によれば、その古傷のせいで、俊作はよく高熱を出すのだという。203高地での戦闘の際に当たった銃弾が体内に残り、それが原因なのだという。
おしんは、寝ずに看病を行った。一晩中、何度も外に出ては雪を取ってきて、それを溶かした水で俊作を冷やしてやった。俊作が目を覚ますとおかゆを作ってやり、汗で汚れた衣類はすぐに外へ洗いに行ったし、着替える前の衣類は火で炙って暖めた。
(第16回)
おしんの献身的な看病が俊作の心を開いた。体調が回復すると俊作は字を教えた。おしんにとっては、字を習うことも嬉しかったが、それよりも俊作の優しさが何より嬉しかった。
俊作らの貧しい生活には、まともな文房具などなかった。そのため、木の皮や板切れに消し炭で字を書いた。豊かな現代に暮らすおしん(乙羽信子)はその時のことを覚えており、部下や家族が鉛筆やボールペンを粗末にすると今でも怒る。俊作との暮らしで学んだことは、物がなくても幸せになれるということだったという。
そして、もっと重要なことは、生きるとはどういうことなのか多くのことを学んだのだという。
俊作の小屋には何冊かの本があった。その中に、木の葉をしおりにしてある物(『明星』)があったので、おしんは手にとって読んでみた。それは、与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」であった。漢字にふりがながあったので、おしんは全て読むことができた。けれども、意味はさっぱりわからなかった。
それは俊作が一番好きな詩だという。俊作は意味を教えた。戦争に行った弟のことを悲しむ歌であり、弟は戦争に行くために生まれ育ったのではない、きっと生きて帰ってきて欲しい、そういう内容だと教えた。続けて、俊作は戦争がいかに馬鹿げていて非人道的なものであるかを話して聞かせた。戦争は相手の物をたくさん壊し、たくさん殺した方が勝つ。人を傷つけることは良くないことだと誰もが知っているのに、戦争の時だけは手柄だといわれる。こんなにおかしなことはないと言うのだ。
そして、将来、日本が戦争を始めようとしたら、全力で反対しろと説いた。一人ひとりの力は小さくても、団結すれば大きな力となって国家を変えられると説得した。おしんはまだ幼かったが、俊作の言わんとしていることはよくわかった。俊作は、その本をおしんにくれた。
俊作は、自分も軍隊で大勢の人を殺したと告白した。だから軍人を辞めたのだと説明した。
(第17回)
正月が近づいた。
ふじは、家から米を1升持ちだして寺へ行った。すでに死んだであろうおしんに戒名を付けてもらうためである。それでも、一番安い戒名しかもらえなかった。その行為に、作造は激怒した。持ち出した米が数日分の食料に匹敵するからだ。それを何の腹の足しにもならないものに変えてきたのが腹立たしいのだ。米がなくなったことの腹いせに、今年の餅つきは中止することにした。人が死んだ家では正月行事を自粛するというのが言い分だった。
ところが、作造の胸には別の思いもあった。まだ、おしんが死んだとは信じたくなかったのだ。おしんが生きていると信じているからこそ、戒名をつけるという縁起の悪い行為が許せなかった。
俊作の小屋では餅つきを行うことになった。これまで餅つきなどやったことはなかったが、今年はおしんがいるので特別だという。この日のためにこっそりと準備しておいたもち米と、松造が手作りした杵と臼が用いられた。それに加えて、おしんの毛皮の羽織を新しく作ってくれた。それまでは俊作のブカブカの毛皮をまとっていたのだが、今度のはおしんの体に合わせて作ってあった。おしんは幸福感に満ち足りた。
本当は、雪が溶けたら麓まで売りに行くはずだった毛皮をおしんのために使った。当初は反対していた松造だが、今ではおしんのことが実の孫のようにかわいく思えてきたのだ。
ある日、九九を覚えたおしんに、俊作は話しかけた。
生きていれば、辛いことや苦しいことに加え、嫌な人間に会うこともある。しかし、恨んだり憎んだりしてはいけない。人を憎んだり、傷つけたりすると、それは結局自分に跳ね返ってくる。その代わりに、相手の気持ちになり、その人がそうする理由を考えろと言うのだ。その時、自分に落ち度があることに気づいたら、そこを直して成長すべきだ。万が一、相手の攻撃に理由がない場合には、その人のことを憐れむのが良い。心が貧しい、気の毒な人間であると憐れむべきだ。
おしんには、人を許せる人間になってほしい。いくら勉学を身につけても、心が豊かでなければそれらを活かすことができない。人を愛することが出来れば、人からも愛してもらえる。そうすれば、心豊かに生きていける。
以上が俊作の教えだった。残念なことに、おしんには「愛」とはなんなのかわからなかった。しかし、俊作が戦争で人を殺したことを悔いていることはよくわかった。そして、愛をまだ知らないが、人を愛する人になろうと決意した。
(第18回)
春が近づいてきた。まだ雪は残っているが、おしんでも歩けるほどまで溶けてきた。
いよいよおしんが去る日が来た。翌朝早く、松造がおしんを送って行くことになった。俊作は逃亡兵として追われる身なので、人里に近づくわけにはいかないのだ。ところが、松造は足を滑らせて捻挫してしまった。しばらくの間、山道を歩くことができない。おしんは、自分の旅立ちが延期されると思い喜んだ。しかし、俊作は予定通り出発すべきだと主張した。帰る日が長引くほど、おしんも帰りにくくなるだろうから、早い方が良いというのだ。俊作が注意深く、麓の村の近くまで送ると言って聞かなかった。
出発の前、おしんはもう一度ハーモニカを聞きたいとせがんだ。ひと通り吹き終えると、俊作はハーモニカをおしんに譲った。今後、おしんには辛いことや悲しいことがあるだろうが、それを吹けば慰めになるというのだ。また、俊作も過去の自分と決別したいと思っていた。そのハーモニカは出征前に購入し、戦場でも肌身離さず持っていた。ハーモニカとともに、戦争の記憶も忘れてしまいたいというのだ。俊作はおしんにハーモニカの手ほどきをした。
そうして、俊作とおしんは出発した。
やっと麓の村が見えてきた時、前方から数人の憲兵隊がやって来るのが見えた。とっさに身を隠したが、俊作はすぐに見つかってしまった。自分は一介の猟師であり、妹を親戚に預けて学校に通わせるのだ、不審なところは無いなどと言い逃れようとしたが、彼らには通用しなかった。抵抗して逃げようとした俊作は、その場で射殺されてしまった。
俊作の最期の言葉は、おしんは後悔のない生き方をしろと言うものだった。
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NHK『おしん』第7-12回(第2週)
このドラマのまとめ記事はもうやめようかと思ったんだけれど、当ブログを読んだ人から「おしんって、子供時代から始まるんじゃなくて、老婆の回想という構成なんだね。知らなかった!」と言われ、ちょっと役に立ったなと思うと嬉しくなり、もう少しがんばろうという気になった当方が、NHK連続テレビ小説アンコール『おしん』の第2週を見ましたよ。
明治40年。
山形の寒村の小作農の娘として生まれたおしん(小林綾子)は、口減らしのために奉公に出されることになった。おしんの年季は1年で、その対価として米1俵が先払いされた。
明日、おしんは旅立つ。母・ふじ(泉ピン子)は、おしんの旅立ちのために白米をたっぷりと炊き、家族全員で食べた。父・作造(伊東四朗)は貴重な米を無駄に使うなと怒るが、ふじは聞く耳を持たなかった。ふじは、おしんの奉公おかげで良い米が食べられると感謝すると共に、辛い思いをするだろうから今のうちにたっぷりと食っておけというのだった。
その夜、おしんが目を覚ますとふじが縫い物をしていた。ふじは、自分が嫁入りの時に持ってきた着物をおしんのために仕立て直していた。貧乏のために多くの嫁入り道具を売り払ってしまったが、その着物だけは手放さずに残していたのだという。ふじはいつも野良仕事に忙しく、おしんをかまってやれなかった。そのことを心から謝るのだった。それでも、これまでは一緒に暮らしてきて、助け合うことができた。けれども、これからは誰も頼れないので、一人で生きていく覚悟を決めろというのだ。
ただし、どうしても辛抱できなくなった時にはいつでも帰って来いと優しく声をかけるのだった。
翌朝、奉公先の中川材木店の見習い・定次 (光石研)がおしんを迎えに来た。彼は、山で切り出した材木を筏に組み、川下の店まで運ぶ役を担っていた。その筏におしんを乗せて連れて行くのだ。
ふじは猛反発した。通常の船に比べて、筏は危険だし、雪解け水で冷たい川のしぶきがおしんにかかることを心配したのだ。しかし、父・作造はそれで良いと言う。船で送ることになると、自分たちが船賃を負担しなければならない。筏に便乗するだけなら無料だから、文句を言えないというのだった。そう言われると、誰も反対できなくなった。
祖母・なか(大路三千緒)は、おしんにこっそりと50銭銀貨を手渡した。それは、祖母が苦しい生活の中で一生懸命ためたへそくりの全額だった。おしんは祖母の愛情を感じ取り、それを大事にすると誓った。
いよいよ、おしんが家を出た。
母・ふじは川までおしんを見送りに来た。しかし、父・作造は仕事が忙しいといって見送りに行かないと言いはった。むしろ、仕事もせずに見送りに行くというふじに対して悪態をついた。
いよいよ、おしんを乗せた筏が出発した。おしんは、声を限りに母に声をかけ続けた。
母の姿が見えなくなった頃、不意に岸の上に作造の姿を見つけた。その姿を見て、おしんは察した。作造も決して喜んでおしんを奉公に出したわけではなかったのだ。彼も辛い思いをしていたのだ。ただし、家族の前では弱みを見せるわけには行かず、冷たい態度を装っていただけだったのだろうと。
おしんはやっと奉公先の中川材木店に着いた。しかし、筏に酔ってしまい、フラフラになっていた。
出迎えた女将(今出川西紀)や指導係のつね (丸山裕子)のおしんに対する第一印象は最悪なものとなった。思っていた以上に体が小さく、弱そうで、頼り甲斐がないと思われてしまった。
(8回)
おしんは川下りの疲れから眠りこんでしまった。目を覚ますと、薄暗くて狭い物置のような部屋に寝かされていた。そこがおしんの個室となった。おしんは、知らない家で心細くなり、生まれて初めて一人ぼっちの気分を味わった。
目を覚ますと、指導係のつねに連れられて、主人(平泉征/現・平泉成)や女将と面会した。おしんの仕事は、赤ん坊(高階則明)の子守りだった。女将はおしんが7つだと聞いて驚いた。9つの娘が来ると聞いていたのに、騙されたと言うのだ。約束が違うし、おしんは体も小さく幼いので送り返すべきだと主張した。
しかし、おしんは家に帰されると困るといってたてついた。家では下のきょうだいの子守りをしていた経験があるから大丈夫だと胸を張った。主人は、一度来てしまったものは仕方ないし、おしんの芯の強さや面構えが気に入ったといって、雇い入れることにした。女将も渋々従うしかなかった。
ただし、指導係のつねは9つの子が来たと思って扱うと、始めから厳しかった。
その日の夜、おしんは食事が与えられなかった。船に酔った後は何も食べない方がいいと、つねが言い張ったのだ。おしんは何も言えず、それに従うしかなかった。ただし、その日は母が持たせてくれた白米の握り飯があったので飢えを凌ぐことができた。
翌朝。おしんは朝5時に起きることになっていた。炊事と掃除の手伝いを行い、店が始まったら女将の代わりに閉店まで赤ん坊の子守をする約束になっていた。けれども、初日からおしんは寝坊をして、つねにこっぴどく叱られた。
大きな店なので当然白米を食べられると思っていたのに、ここでも大根飯だった。つねが言うには、若い衆を5人も雇っているので、白米だけを出していては持たないというのだ。しかも、おしんはみんなと一緒に朝食を食べさせてはもらえなかった。皆が食事をしている間に掃除をしろと言うのだ。言われるがままに行い、やっと朝食にありつけると思ったら、茶碗1杯分と一切の漬物しか与えられなかった。
そして、子守りの1日目が始まった。乳を与える必要があるから、家からあまり離れるなと命じられた。そして、乳の時間にはオシメの洗濯もやらされた。洗濯は川でやるよう指示されたのだが、雪解け水はまだ冷たかった。
また、おしんにとって赤ん坊はとても重かった。しかも、この赤ん坊はおしんが腰を下ろすとすぐに泣いた。ゆえに、おしんは一日中立っていなければならず、足が棒のようになるのだった。
おしんは、近所の子供らが学校に行く様子を見て憧れた。
見習いの定次は、自分たちのような奉公人は学校へ行っても何の役にも立たないと言うのだった。それよりも、奉公仕事を一人前にする方が先だというのだ。定次も学校には行っていないが、筏の組み方や材木の目利きを覚えた。おしんもつねに一人前に仕込んでもらった方が良いと助言するのだった。
(9回)
実家では、母・ふじがおしんの身を案じていた。何の連絡も来ていないが、便りのないのは良い知らせだと信じるしかなかった。ふじは、自分が字を知っていれば手紙の一つでも書いてやれるのにと悔しがるのだった。おしんにもせめて読み書きだけは身につけさせてやれればよかったと悔やむのだった。
春になった。奉公の辛さは、おしんの想像をはるかに超えていた。それでも、赤ん坊を背負っている時だけは気が休まった。誰にも怒鳴られることなく、比較的自由に過ごすことができたからだ。
ある日、近所の子供たちの後を追って、小学校に行った。窓から教室を覗き、字の読み方をこっそり学んでいた。すると教師(三上寛)に見つかってしまい、おしんは慌てて身を隠した。さらにおしんは学校にとどまり、校庭で遊ぶ子供たちの様子を眺めていた。するとさっきの教師がやって来て、年齢と奉公先を聞かれ、答えた。少し話をしたが、おしんは乳の時間であることを思い出して、慌てて帰った。
その間、中川材木店ではおしんがいないことで大騒ぎになっていた。定次や女将は無事に帰ってきたからと大目に見たが、つねだけはひどい剣幕だった。おしんを張り倒した。つねはおしんを厳しく躾ける必要があると考えていた。おしんの奉公は1年間だけだが、その間に出来る限りの仕事や作法を教えておきたいと思っていたのだ。そのことを周囲に説き、おしんには厳しく当たる必要があると力説した。おしんも、自分の軽率な行動を心から詫びた。
その日の夕方、小学校の教師が中川材木店に訪ねてきた。おしんは、学校に無断侵入したことを厳重注意されるのだと思い震え上がるのだった。
(10回)
教師は主人と女将の前で、義務教育のことを話した。たとえどんな子供であっても教育を受ける権利があるし、保護者にはそうする義務があるというのだ。それは、おしんにも適用されると説得した。しかも、おしんには強い向学心のあることがわかったと言う。どうしても小学校に通わせて欲しいと頼んだ。
女将は反対した。奉公人を学校に通わせるという話は聞いたことがないし、子守りの仕事も大事だというのだ。しかし、主人は賛成する立場だった。どうせ子守りの間は時間があるのだから勉強しても良いし、預かった子供を大切に扱う必要があるというのだ。子守りをしながら通うことを学校が認めるなら、行かせてもいいと言うのだ。それは教師が受け入れた。
すぐにおしんが呼ばれ、本人の意思を確認することになった。おしんは大いに喜び、学校に通えることが決まった。教科書や学業道具は、教師が上級生のお古をかき集めてくれることになった。
それでも、つねは猛反対した。奉公人の分を超えているというのだ。学校に行くなら、罰として昼食を抜くという。それでもおしんは学校に通いたいと言い張った。おしんの決意はそれほど強かった。
翌日、おしんは意気揚々と学校に出かけた。教師は、教室にオシメを替えるための場所とゴザまで準備してくれた。放課後には、おしんのためだけに補講までやってくれた。おしんはカタカナを全て覚えた。
しかし、昼食抜きはさすがに辛かった。学校の帰りに駄菓子屋の前を通りがかり、祖母からもらった50銭で買い食いをしようかと思った。けれども、祖母が大切に貯めた金を使うとバチが当たると思い、踏みとどまった。
(11回)
おしんが学校に通い始めて1ヶ月経った。
つねは、昼飯抜きにすればおしんはすぐに音を上げて、子守りだけに集中するだろうと思っていたのに、そのあてがはずれた。女将は、奉公人に食事を与えないことが噂になると困ると言ってたしなめるが、つねは「奉公人を学校に活かせる方がよほど笑いものだ」と言って、聞く耳を持たなかった。
おしんは、つねの冷たさに耐えていた。それが耐えられるのも、教師の優しさがあったからだ。彼は、おしんのために芋などを持ってきてくれた。それで飢えをしのいでいたのだ。川でオシメの洗濯をしながら、おしんはこっそりと差し入れを食べた。彼にも家族がいるだろうに、やりくりをして自分に食べ物を持ってきてくれることを何より感謝した。
学校の帰り道、おしんは同級生の金太(長谷川幹樹)らに捕まった。教室で赤ん坊が泣き出したのに対して、金太が怒鳴ったのだ。それに対して、教師は金太を叱った。そのことを逆恨みしたのだ。しかも、教師から食べ物までもらって贔屓されているというのだ。おしんを木の棒で打ち付け、二度と学校に来るなと脅した。誰かに告げ口したら、赤ん坊を殴り殺すとまで言うのだった。
そのせいで、おしんは家に帰るのが遅れた。つねにはまたしても叱られるが、女将がおしんの様子のおかしいことに気づいた。手や足から血が出ているのが見えたのだ。おしんは道で転んだと嘘をついた。
その上で、明日から学校に行くのはやめると打ち明けた。女将は誰かに意地悪をされたのかと聞くが、おしんは答えようとしなかった。つねはやっと自分の思い通りになったといって大喜びした。
おしんは、学校に忍び込み、教師から貸してもらった教科書などを机に置いて返した。誰にも理由は告げなかった。翌日、心配した教師が家まで様子を見に来たが、本当の理由は一切答えなかった。勉強が難しくてついていけないから学校を辞めたいという一点張りだった。そして、優しくしてもらったことは忘れないと付け足すのだった。
そうして、夏になった。おしんはもう学校に通っていない。
ある日、定次が声をかけた。山に入り、材木を筏に組んで流す仕事をすることになったという。そのついでに、おしんの実家に寄ることができるから、伝言を請け負うというのだ。おしんは手紙を書くことにした。カタカナばかりであったが、生まれて初めてのことで、徹夜になってしまった。また、何を聞かれても「手紙に書いてある」と答えるだけで、定次はおしんの様子について一切しゃべらないことを頼んだ。
(12回)
朝早く、定次はおしんの実家についた。おしんが学校に行かせてもらい、覚えた字で手紙を書いたのを持ってきたと言うと、母・ふじはたいそう喜んだ。仕事に行くのをやめ、祖母・なかを起こして一緒に手紙を見るのだった。父・作造だけは定次を無視して畑へ出てしまった。
ただし、ふじもなかも字を読むことができなかった。カタカナだけは知っている定次が代読した。
ところが、手紙には嘘ばかり書いてあった。食事を腹いっぱい食べ、家の人は全員優しく、与えられた仕事も楽だと書いてある。定次はおしんとの約束を守り、書いてあること以外は何もしゃべらなかった。それを嘘だと知らないふじとなかは涙を流して喜んだ。定次は複雑な思いだった。
材木店に帰ってきた定次は、嘘ばかり書いてある手紙を読むのが辛かったと話した。それに対しておしんは、どうせ今の様子を直接見られることはないし、帰って会うこともできないのだから嘘でいいのだと答えた。
切なくなった定次は、おしんに嘘を教えた。家でほぼ寝たきりの祖母・なかを見たのに、彼女は病気が治ってみんなと一緒に働いていると話した。母・ふじはお腹が大きくなったと真実とは違うことを話し、おしんの年季が明けて帰る頃には元気な子供が生まれているだろうと言うのだった。
秋祭りが開催された。周りの子供たちは楽しげに駄菓子屋で買い食いをしている。おしんも駄菓子が買いたかった。しかし、祖母からもらった50銭を使う訳にはいかないと思いとどまった。
そうしてすぐに冬になり、根雪となった。この雪が解ければ、おしんの年季が明け、実家に帰れる。もうひと踏ん張りだと、おしんは自分を奮い立たせた。
ある朝、つねが大騒ぎしていた。彼女の財布から50銭が消えたというのだ。食料品の支払いに対応し、炊事場に財布を置いてちょっと目を離した隙に消えていたという。おしんは竈の火を熾していたのだが、金を取って知らんぷりするだけの時間があったという。だから、おしんが盗んだというのだ。
女将はおしんを信用していたが、つねは収まりがつかなかった。おしんを呼んで、裸にして持ち物を調べた。すると、お守り袋の中から50銭銀貨が出てきた。おしんは祖母から貰ったものだと訴えるが、つねは聞く耳を持たなかった。7つの子供を奉公に出すような小作農がそんな餞別を持たせるわけがないと言うのだ。銀貨は取り上げられてしまった。
おしんはオシメの洗濯を命じられて川に向かった。
おしんはその川を下って奉公に来た。その川が自分と実家を繋ぐ糸のように思えた。川に向かって、祖母の大事な金を取られたことを謝った。そして泣いた。
その時、おしんは我慢の限界に達した。もう奉公先には帰らないと決めた。川を上って家に帰ろうと決意し、歩き出した。冬の夕暮れは早く、そして吹雪になった。
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