『まんぷく』の再放送を見るともなく見ていて、「おいしいおいしいダネイホン」というフレーズが頭で回り続けて困っている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』の第54回めの放送を見ましたよ。
良い蓄音機があると言って、村山愛助(水上恒司)は鈴子(趣里)を自分の下宿に誘った。世間体のことを考え、小夜(富田望生)を同伴することを条件に鈴子は応じた。
愛助の住んでいる家は立派な屋敷だった。彼の母の知り合いの家で、一部屋だけ借りているとは言うものの、それは通常の学生には似つかわしくないほどだった。鈴子は驚いた。
さらに驚いたことは、それだけ豪華な家にあって、愛助の部屋だけは散らかり放題だった。彼が収集したレコードや芸能雑誌が床にまで散乱し、足の踏み場もないほどだった。愛助けは全く悪びれる様子もなかったが、鈴子と小夜はまず座る場所を作るために片付けから始めなければならなかった。
なんとか落ち着ける場所を作り終えると、愛助は自分の収集品を次々に紹介した。鈴子のレコードはもちろん全て持っていて、出荷数の少ない貴重なものまで所持していた。芸能雑誌も鈴子の記事の掲載されているものはほとんど持っていた。それらをいちいち取り出してきては、鈴子に見せるのだった。そうしながら、鈴子の歌がどんなに素晴らしいか一方的に捲し立てた。愛助は大和礼子(蒼井優)がトップスターだった時代から大阪の梅丸少女歌劇団を見ていたが、礼子よりも鈴子のファンだったという。その後、東京での梅丸楽劇団の旗揚げ公演も観覧したという。
その日は、そうして終わった。別れ際、愛助はまた会いたいと述べた。明日でも明後日でも予定は空いているので、ぜひ会ってほしいと言うのだ。あまりのことに鈴子は苦笑いしたが、はっきりとは断らなかった。
実際、鈴子は、小夜に秘密で愛助に会うようになった。下宿の掃除を手伝ったり、行きつけの伝蔵(坂田聡)の屋台でおでんをご馳走したりした。
愛助は屋台で食事をした経験はほとんどないという。屋台は汚いから行くなと言いつけられていて、それを守っていたのだ。愛助がまだ小さかった頃は父に道頓堀の屋台に連れて行ってもらったことはあるものの、その父も亡くなり、そのような機会は全くなくなってしまったという。
愛助は小さい頃から体が弱く、母から心配されて育ったのだと話した。学校も休みがちで、友達もあまりできなかった。そうなると学校に行くのも億劫になり、ますます休みがちになる。そんな時、母は自身の経営する演芸場に入れてくれた。芸人たちを見て笑っていると、生きる気力が湧いてきた。
そのような経緯もあり、将来は演芸場を拡大したいと考えている。日本ばかりか、世界中に笑いを届けたいと願うようになった。戦争が終わったら、世界中から面白い芸人を集めるとともに、外国にも演芸場を開設したいと夢を語った。
鈴子と愛助は、純粋な友達として友情を深めていった。そのおかげで、鈴子は毎日上機嫌だった。
そんなある日、村山興業東京支社の支社長だと名乗る坂口(黒田有)が鈴子の事務所を訪ねてきた。坂口によれば、愛助は村山興業の跡取りであり、大学を卒業したらすぐに仕事を始めることになっている。愛助をたぶらかさないよう釘を刺しにきた。鈴子は、プラトニックな友情にすぎないと反論した。
しかし、坂口の剣幕は変わらなかった。本人がなんと言おうが、世間の見る目は違うと言うのだ。10歳も年下の大学生を弄んだとして、醜聞になると言うのだ。マネージャー・五木(村上信悟)も坂口に同調した。もっとも彼は、大興業主である村山興業を敵に回したくないのだった。
鈴子は、愛助の下宿を訪れ、坂口支社長が来たことを報告した。そして、彼の言うとおり世間体が悪いと話し、関係を見直すよう話した。
すると愛助は、今のような友人関係がだめなら、恋人になってほしいと願った。