著者の杉本恭子は1990年代に同志社大学で学生時代を過ごしたそうだ。事前知識がほとんど無いまま『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』を手にとり、前書き冒頭でその事実を知らされて肩透かしを食らった気分だった。
入学したことのない部外者が京大の文化について語るのかよ、と。
しかし、そこで投げ出さずに読み進めると、その絶妙な距離感の妙味がすぐに分かった。
外野の立場だからこそ、懐古趣味に陥ることなく、冷静で客観的に京大の文化を記述することに成功していると思われる。関係者(ただし、学生/卒業生側に偏っていて、教員/執行部側は少ない)や資料への丹念な取材が行われていて、独りよがりな思い出話に終始しないところが素晴らしい。
また、京大に閉じた文化論ではないところもよい。より大きな社会・文化全体に翻弄されたり、逆に牽引していく京大の姿が俯瞰的に描かれていて、僕たちが生きている世界について深く考える契機を与えてくれる。
たとえば、今日の京大文化の語り手の一人といえば森見登美彦(本書には彼へのインタビュー記事も掲載されている)と言えるわけだが、振り返ってみれば、彼の小説で描かれる”アホな京大”は社会とは隔絶された一つの別世界にしか見えない(まぁ、それが彼のファンタジー小説の持ち味だけれど)。一方、本書の”アホな京大”は、社会との接点がどのように維持され、また変化してきたのかということが丹念に説明されている。森見的京大しか知らなかった僕には目からウロコだった。
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