木公 について

不良青年になりたいのですが、臆病で不良青年になれない当方です。 幸か不幸か、頭と顔と人格は、生まれつき不良品です。 職業は会社員で、やってることは研究関連。 大学での専攻は心理学。 そのせいかどうか知らないけれど、「理屈っぽいうえに、人の弱みを握ってそこをチクチクやるのが上手い。サイアクー」と言われ、あんまりモテない。 北海道出身のくせにスキーは一度もやったことがない。その上、スポーツ全般が苦手。 太陽光線もあまり浴びないインドア派。酔うとすぐにガンダムの話を始める。おかげで「あなたって、面白みのないオタクね。サイテー」と言われ、まったくモテない。 細かいことはあまり気にせず、ちょっとくらいの困ったことなら適当にジョークにして笑い飛ばすように、日々努力して生きています。 そのおかげで「そういう、明るく生きているところだけは、アナタのいいところかもね」と、ちょっぴりだけお褒めいただいております。

「メイドさんロックンロール」がカラオケに配信されるかも? / ちゆ12歳

ちゆ12歳が久しぶりに更新されたと思ったら、あまりのぶっ飛びぶりに、おいちゃんPCの前で若手お笑い芸人のようにずっこけてしまいました。

「メイドさんロックンロール」がカラオケに配信されるかも?

さて、実はその企画(著者注: ネットランナーとDAMの共同企画で、アレゲな人たちが配信曲を選定する)で、ちゆも「選者」の1人をさせて頂きました。
(中略)
そこで、たとえば「奇跡の獣神」や「HONEY BEE」のような、未配信のオープニング・エンディングから優先して選んでいく方がオタク界の公共の福祉にかなうとは思ったのですが、結局、自分が歌いたい歌から選んでしまいました。私利私欲を優先してしまい、本当に申し訳ありません。

とあり、ちゆが選んだ曲が40曲リストアップされているのですが、おいちゃんにはチンプンカンプンな曲ばかりでした。

本当になんだかわかりませんが、パソコン通信での恋愛を歌ったという「悲しみのNIFTY-Serve」は、練習してレパートリーにしたいと思いました。

そんなわけで、目当ての女の子がいるときにカラオケに行くと必ずチェッカーズの「Blue Moon Stone」を歌うと言われている alm-ore はちゆ12歳を応援しています。

Paul McCartney US Tour by Lexus

トヨタの高級ブランドLexusが日本でも営業を開始したことは数週間前に話題になりましたが。

そんな、Lexus の後援で Paul McCartney のアメリカツアーなんてものが行われてるんですね。
Paul McCartney The US Tour presented by Lexus

いいなぁ。
死ぬまでに、一度 Paul McCartney のライブを見たいなぁ。
#僕が死ぬまでにじゃなくて、Paul が死ぬまでにね。;-p
#もう還暦越えてるし。

同サイトでは、Paul のライブ映像も見れます。
若いねぇ。すばらしいねぇ。
#サイトに入って、赤いバーのメニューから “Paul McCartney”→”Music & Video” とたどるよろし。
#”Let me roll it” でレス・ポール抱えてる姿に萌え~

恋の相談をした男女は、最終的にお付き合いするのがルール?

ご存知の方はご存知だと思いますが、当方がよく立ち寄る “角にあるコンビニ S” に缶コーヒー(BOSS)とタバコ(キャスター・マイルド)を買うために立ち寄った、深夜0時。
今まさに店に入ろうとした瞬間、着信アリ。

きゃい~ん、女の子!

週末のこんな夜更けに電話とは。
「木公さん、これから会いませんか?」
とか言われちゃったら、どうしよう!?

期待に胸膨らませ、電話に出るわけです。

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小西真奈美の「今日の大丈夫。」

小西真奈美の日めくりムービー「今日の大丈夫。」
大丈夫。

♪らららんらんらんらん らんらんらんらん~

10月1日から1月1日まで、日替わりでショートムービー(15秒くらい)が公開されます。
いろんなシチュエーションで、最後に「大丈夫。」と励ましてくれるのが、お約束。

小西真奈美さんって、僕のストライクゾーンのど真ん中なんですけど!

10~20代の山瀬まみを超えることは不可能だが、36歳になった山瀬まみは超えてしまったかも・・・。
ちなみに、山瀬まみが36歳になったのは10月2日の出来事で、その日の「今日の大丈夫。」は

もっと甘えていいよ。大丈夫だよ。

と来たもんだ。
くぅ~。飯3杯は食えるね。

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メシを残すことで有名な西田

別に身内の不幸自慢をしたいわけではないが、両親とも北海道の片田舎の農家の子供。
しかも父親は長男とかじゃなかったから、「お前は家を出て、適当に仕事探せや」みたいなノリで、眼鏡屋になり現在に至る。
そんな両親の下で長男として育った当方は、絶対に眼鏡屋などにはなりたくなくて、大学院まで行って研究職について現在に至る。

それはさておき、我が家の出自は貧乏な農家だったわけで、食卓のマナーは割りとキビしめにしつけられた。

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