31年間生きてきて、合コンなるものに参加したのは3回しかない当方。きっと、少ない部類に入るのではないかと思っていたり。
人生初の合コンは、大学3年生のとき。3対3の合コンで、僕たち男性チームは学科の同級生3人で、お相手は学科の1年上の先輩だった人々。
初めっから顔を見知っている仲なので「おいおい、これって合コンなんですか?”合”の付かない、単なるコンパなんじゃないですか?」と激しく疑問を抱きつつも、主催者であるところの中田君(仮名)が、れっきとした合コンだと言い張るので、人生初合コンで世間知らずの当方としては、「そんなもんなのか・・・」ととりあえず納得しておくことにした。
ていうか、この合コン。直後にわかったわけだが、幹事の中田君の八百長試合だった。
彼が以前から心を寄せていた女の子をひとりでデートに誘う勇気がなく、合コンにかこつけて(僕らを巻き込んで)、その子とデートしたかったというそれだけの会合だった。
その問題の女の子のニックネームが確か”キヌちゃん”だった。
確かにキヌちゃんは飛びっきりの美人だったけれども、合コン中は中田君からの牽制球がビシバシ飛んで来るわ、男性チームのもう一人の石橋君(仮名)にも僕にも当時恋人がいたし、あろうことか僕と石橋君のそれぞれの恋人は互いに数年来の親友という非常に微妙な状況にあったので、僕も石橋君もオトナシクせざるを得ず、完璧に幹事・中田君の描いたシナリオどおりにことが進んだ。
あれから10年経った現在、当時の関係者の誰一人として連絡を取り合っている人物はおらず、時の流れと人間関係の無常さを嘆かずにはいられない。
銀色夏生の絵本に「波間のこぶた」という作品がある。
何も考えていなさそうなこぶたのクセに、なんとなく内向的で他人(他豚?)に意地悪をしたがるような、憎めるような憎めないような主人公タッくんのお話。
内容があるようで無いので、5分くらいでサラッと読める。
内容があるようで無いのだけれど、僕は大好きで、高校時代に何度も読み返していた。
当時は、内容を一字一句ソラで唱えられるほどだった。
今は忘れちゃったけれど。
細かい言い回しは忘れてしまったけれど、僕はラストのフレーズが好きだった。
確か、
「キヌちゃんはどんなに遠くからでも、僕を見つけたら手を振ってくれる。僕がキヌちゃんのことを大好きなのは、キヌちゃんが僕のことを好きでいてくれるからだ」
とかなんとか、そんな感じだった。
今、この歳になって思い出すと、主体性の無い、相手から与えられるがままの受動的な好意(恋愛感情)を情けないものと思ってしまう自分がいるが、当時はそういうものにひじょうに憧れていたのかもしれない。
そんなわけで、大好きなフレーズだった。
グリコかどっかのお菓子(チョコレートだったか、プリンだったかと思う)のCMコピーで
「たとえて言うなら、絹のようななめらかさ」
とか何とかいうものがあったように記憶している。
なんとなく印象に残ったフレーズで、よく文脈を無視してこのフレーズを使っていた。
人から「その話、たとえると何?」なんて聞かれると、必ず「たとえて言うなら、絹のようななめらかさ」と答えていた。
どのくらい文脈を無視していたかというと、
木公「この前、○○が新しい彼女と一緒にいるところに出くわして、彼女を紹介してもらった」
友人「へぇ。その彼女って、芸能人にたとえるとどんな感じ?」
木公「たとえて言うなら・・・、絹のようななめらかさ」
友人「はぁ?」
てな感じ。
それほど、絹にこだわった当方ではあるが、多分あまり絹製品を有していない。
もしかしたら、ネクタイとか絹のヤツを持っているのかもしれないけれど、それをそれと意識したことが無いのでよくわからない。
意識しないどころか、絹の手触りってのもよくわからない。独特の光沢もあるらしいけれど、見分けが付かない。
知識として、「蚕から取れる」「高価」「なめらかでツルツルした肌触り」「独特の光沢」らしいということは知っているが、「これは、ポリエステルです」といわれて絹の布切れを渡されたら、何の疑問も抱かずにそう信じてしまう自信がある。
#絹をポリエステルだと言い張るような詐欺師はいないと思うけれど。逆はありうるが。
そんな当方ではあるが、ふらっと立ち寄った本屋で見つけたのが、藤堂志津子著「絹のまなざし」である。
続きを読む →