- 中島ひろ子、女優(1971年2月10日生)
あと2日でこのリストを卒業。滑り込み。 - 純名りさ、女優(3月15日生)
宝塚歌劇からNHK朝ドラ(『ぴあの』)に殴りこみってことで話題になったよね。 - 木村多江、女優(3月16日生)
少年隊のヒガシの妻で、先ごろ出産したんでしたっけ? - 安野モヨコ、漫画家(3月26日生)
『監督不行届』は好きだが、それ以外の漫画はどうも僕のテイストじゃない。 - 伊藤智恵理、歌手・女優(4月1日生)
フジテレビのドラマ『キスより簡単』に出てて好きでした。 - 西川史子、美容形成外科医・タレント(4月5日生)
八重歯のSキャラは当方のど真ん中。いじめられたい。 - 伊藤美紀、女優(4月9日生)
ホリプロスカウトキャラバンでは山瀬まみの翌年のグランプリですよね。 - つみきみほ、女優(4月13日生)
ショートカットの元気少女系でしたっけ。彼女の後を継ぐのが内田有紀→広末涼子って感じ? - 大久保佳代子、お笑いタレント(5月12日生)
なんか、負け犬系女芸人としてたまにテレビで見かける人ですよね、確か。 - ソフィア・コッポラ、映画監督(5月14日生)
彼女の父の映画は見たことないし、彼女の映画も見たこと無い。 - 光浦靖子、お笑いタレント(5月20日生)
あの独特のキャラクターはいいよね。 - 木佐彩子、元フジテレビアナウンサー(5月26日生)
僕は中井美穂の方が好きだな。 - 小松みゆき、女優(6月5日生)
山瀬まみが週刊プレイボーイのグラビアを飾った時、すぐ後ろが彼女のヌードだった(参考)。 - 中嶋朋子、女優(6月5日生)
『北の国から』のせいで、北海道出身じゃないのに道産子女子代表みたいに思われていた時代があったよね。吉岡秀隆と同じく。 - 仲村知夏、元歌手(6月26日生)
『夕やけニャンニャン』の後番組、『桃色学園都市宣言』で猛プッシュされていたような記憶がある。 - 藤原紀香、女優(6月28日生)
最近、やっと彼女の良さがわかってきた。昔は単なるフケ顔だと思ってた、なぜか。 - 田中律子、タレント(7月17日生)
顔は完璧に思い出せるけど、どういう仕事をしていたかは思い出せない。 - 倉田真由美、漫画家(7月23日生)
『だめんず・うぉーかー』を10ページくらい読んだことがある程度の付き合い。 - 檀れい、女優(8月4日生)
勝手にもう10歳くらい上の世代だと思っていた。檀ふみとごっちゃになってたんだな。 - 河合美果、グラビアアイドル(8月8日生)
おっぱい大きかった人?なんとなく覚えているような、いないような。 - 川村ティナ、タレント(8月16日生)
あれ?具志堅ティナとごっちゃになってた。この人はさっぱりわからん。 - 中島知子、お笑いタレント(オセロ)(8月26日生)
最近、スキャンダルっぽい話がちらほら聞こえてくるよね。軽く心配しております。 - 仁藤優子、女優(8月28日生)
ホリプロなわけだが、一時期山瀬まみよりもプッシュされていたような気がして、むむむと思っていた。 - 細川ふみえ、女優(9月2日生)
僕が「おっぱいだけでかけりゃいいってわけでもねーな」と思うきっかけを作ってくれた偉大な人。 - 愛田るか、AV女優(9月4日生)
中学生の時「18歳になったらこの人のAVを見よう!」と決めていたのに、いざ18歳になった時にはもう旬が過ぎていた。 - 岡崎朋美、長野オリンピックスピードスケート女子500m銅メダリスト(9月7日生)
ショートカットで、わりとキリリとした顔の人だったよね。 - 櫻井智、声優(9月10日生)
80年代末のアイドル声優のトップだったよね。童顔で可愛かったし。 - ステラ・マッカートニー、ファッションデザイナー(9月13日生)
偉大なポール・マッカートニーのご令嬢。 - リサ・ステッグマイヤー、タレント(9月25日生)
僕の中では「クールビューティ」という位置づけなのだが、それは正しいのか? - ティファニー、歌手(10月2日生)
僕が洋楽に目覚めた1987年、大ヒットしてた。でも僕にはバタ臭いロリ顔に思えて怖かった。 - 奥井亜紀、歌手(10月19日生)
代理母出産で物議をかもした人でしたっけ?あの騒ぎはどういう落とし所になったんでしたっけ? - 立花理佐、タレント、元アイドル歌手(10月19日生)
山瀬まみと同時期にB級アイドルをしていたのでよー覚えています。あの時代、バラドルになりきれなくて消えた感じか? - 千秋、タレント(10月26日生)
初めて知ったのは90年代の「ノンタンといっしょ」の声優だったけれど、声を聞いただけで「いい!」と思いましたよ。 - ウィノナ・ライダー、女優(10月29日生)
唯一見たのは『シザーハンズ』。 - 松嶋尚美、お笑いタレント(オセロ)(12月2日生)
初めて彼女を見た時、不覚にも「あれ?山瀬まみイメチェンしたのかな?」と思ってしまった。山瀬ファンとして一生の不覚。恥を偲んでここに告白する。 - 茂森あゆみ、シンガーソングライター(12月15日生)
「だんご3兄弟」だよね? - 牧瀬里穂、女優(12月17日生)
90年代中期、なぜかCMに引っ張りだこだったよね。ただし、今これを書きながら、一色紗英と一瞬だけ混同してしまった。 - はな、タレント、モデル(12月21日生)
みうらじゅんと仏像トークする人。 - 久保純子、アナウンサー(1972年1月24日生)
『ブロードキャスター』で常に「年下のカワイコちゃん」という位置づけでみんなからちゃん付けで呼ばれていた山瀬まみのことを、唯一、さん付けで呼んだ人。 - 大東めぐみ、タレント(1月29日生)
本上まなみと識別できません、僕は。なぜなんだろう。
40歳の少女40人
NHK『カーネーション』第106回
昨日の午前中たっぷりと睡眠をとったおかげで体調不良からは回復したものの、生活リズムが崩れて昨夜は眠れなくなり、寝不足でぼんやりしてしまっている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第106回目の放送を見ましたよ。
優子(新山千春)と直子(川崎亜沙美)が通う学校の新学期が始まった。おしゃれな服を持っていないことに引け目を感じている直子は、セーラー服を着用し、しょぼくれながら入学式に出かけて行った。
しかし、早くもその日のうちに、直子には友達ができた。斎藤源太(郭智博)という名の男の子をアパートに連れ込み、ふたりで熱心に画集を見ながら語り合っていた。
優子は、姉妹二人暮らしのアパートへ勝手に異性を連れ込んだことに腹を立てた。しかし、直子に初めてできた友だちだからと思い、大目に見ることにした。けれども、優子から見れば、斎藤もつくづく野暮ったい男に見えた。彼もボロボロの学生服を着て、方言丸出しの喋り方だったのだ。洗練されているはずの東京の専門学校には似つかわしくない生徒だと思った。
その頃、糸子(尾野真千子)は(ほっしゃん。)と手を組むことを決た。
上等な生地が安く手に入りそうだが、糸子の店だけではとうてい捌ききれない。そこで、北村の作る既製服として一挙に売りさばこうというのだ。糸子のデザインに期待し、以前からアプローチしていた北村も大喜びした。糸子は製品のデザインと生地の仕入れ代を出資することで、売上の1割を受け取ることになった。店の経理に明るい昌子(玄覺悠子)と松田(六角精児)はこの事業に反対したが、糸子は聞く耳を持たなかった。組合長の三浦(近藤正臣)が喜んで後押ししてくれたことも糸子に自信をもたせたからだ。
しかし、糸子はひとりになると、理由の分からない不安に襲われた。
スクラップブックを見返していると、サン=ローランのデザインしたトラペーズ・ラインの洋服に目が留まった。何度見返しても、糸子にはそのデザインの良さが理解できなかった。取るに足らないものだと思う一方で、それを理解できない自分に何か問題があるのかもしれないと不安に思うのだった。現在21歳のサン=ローランは、自分が時代の最先端を走っていると慢心しているに違いないと思う。そんな生意気な若造に自分が遅れをとるわけがないと思うものの、やはりどうしても不安になるのだった。
糸子が21歳の時には自分の店を構え、結婚もした。確かに、誰にも負ける気のしない万能感を有していた。しかし、それは実力を伴ったものだろうか?
自分で自分のことがわからなくなった糸子は、玉枝(濱田マリ)に相談に行った。他人の目から見て、若かった頃の自分がどうであったのか聞いてみた。玉枝の意見は、物事の分別がある人間には見えなかったというものだった。客が来ないのは店の外見が悪いせいだといって、自ら鋸で改装した。訳も分からず大型テントを受注し、ミシンの使い過ぎで足を痛めた。足が治らまいまま次の仕事を受け、結婚式の日まで仕事を続けた。その挙句、自分の結婚式に大遅刻して、みんなに怒られた。
玉枝の話は、徹頭徹尾、糸子はバカだったというものだった。しかし、そのおかげで糸子は自信を持った。
21歳はやはり単なる若造だ。自分はサン=ローランを気にする必要はなく、自信を持って自分の思う通りにデザインをしていけばよいと決断できた。北村の店で売る既製服は、従来通りのデザインとすることにした。ウエストが絞られていて、スカートがフワリと広がったものに決めた。
東京では、優子と直子が大喧嘩をしていた。
その日、直子は斎藤の他に2人の男の子(吉村:ドヰタイジ、小沢:野田裕成)と原口先生(塚本晋也)を家に呼んだ。原口によれば、彼らは学校始まって以来初めての男子生徒であり、見た目は垢抜けないが、いずれも優秀な者たちで期待を寄せているという。
直子が大勢友達を連れてきたせいで、優子が料理を作って振る舞う役割にされてしまった。そのことがすでに面白くなかった。けれども、原口に主席の成績だと紹介してもらったことや、自分で縫製したトラペーズ・ラインのワンピースを褒めてもらったことに気を良くした。
しかし、それに大きく水を差したのが直子だった。
優子は単に点数を取るのが上手いだけであり、独自の才能があるわけではないなどといって、直子はみんなの前で姉を罵倒した。流行だからといってトラペーズ・ラインのワンピースを着ている点も感心しない。デザイナーたるもの、着ているものがそのまま本人の面構えになる。他人のデザインしたものをありがたがって着るなど、半端者に過ぎない。優子には実家の店を継ぐ資格もない、などとまくし立てた。
ついに堪忍袋の緒が切れた優子は、直子と取っ組み合いの喧嘩を始めた。男たちが止めに入っても、手が付けられなかった。
喧嘩が収まると、優子は泣きながら糸子に手紙を書いた。事の経緯を説明し、もう直子のことは手に負えないと訴える内容だった。
しかし、それを読んだ糸子は喧嘩のことなどには全く関心がなかった。優子がトラペーズ・ラインの人気について報告してきたところばかりが気になるのだった。
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NHK『カーネーション』第105回
昨日の午後からモーレツに体調が悪く、『おひさま』のまとめ記事を断念した時と同じかそれ以上の不調なのだが、本ドラマだけは死んでも完走しなくてはならないと強い決意に駆られている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第105回目の放送を見ましたよ。
優子(新山千春)が手紙で直子(川崎亜沙美)の東京での様子を知らせてきた。
直子は家に閉じこもって絵ばかり描いているという。どうやら、おしゃれな服を持っていない事や、自分の岸和田弁を恥じて人に会いたくないようだった。優子が服を貸そうとしたり、言葉など気にしなくてよいと言い聞かせても、直子は頑なに拒んだ。東京の人間に慣れさせようと、優子が友達を家に連れてきても、おかしな態度だった。セーラー服を着て、部屋の隅にうずくまって黙っているだけだった。優子は直子を持て余すようになった。
一方、岸和田に残り、高校生になった聡子(安田美沙子)はテニスの天才少女として新聞にまで取り上げられるほどになっていた。千代(麻生祐未)をはじめ、周囲の者はみな聡子のことを褒め称え自慢に思ったが、糸子(尾野真千子)だけはテニスのことも、聡子の活躍にもあまり興味がない様子だった。
ある日、糸子が泉州繊維商業組合に顔を出すと、三浦組合長(近藤正臣)から生地問屋を紹介された。
フランスから輸入した上等な生地サンプルを見せられ、糸子はいっぺんに気に入った。しかも、破格の安さだった。ただし、10反を一度に買うことが条件だと言われ、糸子は躊躇した。いくら安くて上等な生地だといっても、それだけの量をオハラ洋裁店では捌ききれないからだ。
ふと、糸子は北村(ほっしゃん。)のことを思い出した。彼の既製服店ならば大量の生地を売り捌くことができるかもしれない。すぐに北村を呼び出して話を聞いた。
北村の会社は急成長しているという。工場は2度も拡張工事をしたし、販売店も3つに増えた。あとは、売れるデザインさえ考案したら、どんどん作って売るばかりだと豪語した。そこで糸子にデザインを手伝ってもらいたいというのが北村の願いだった。
北村は東京で大人気だというトラペーズ・ラインやサックドレスを売りたいと思っていた。
ところが、糸子はそれには猛反対した。糸子はデザイナーのイブ・サンローランのことをバカにしていたし、彼の考案したデザインも良くないと思っていた。さらに、東京で売れているからといって、大阪でも同じようにトラペーズ・ラインが売れるとは限らないと考えていた。大阪の人間は東京の人間と違って慎重に商品を吟味する。だから、単に流行しているという理由だけでは売れるはずがないというのだ。
糸子は旧来のディオール風のデザイン(腰が絞られていて、スカートがフワリと広がったもの)の既製服を売ることを主張した。そして、組合で紹介された生地のことを北村に知らせ、それで服を作ることを提案した。
こうして、ふたりが組むことが決まった。
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NHK『カーネーション』第104回
NHK『鶴瓶の家族に乾杯』の今週と来週のゲストは栗山千明様であり、ドラマのロケ地だった岡山県倉敷市を尋ねるというので絶対に見ようと思っている当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第104回目の放送を見ましたよ。
1958年(昭和33年)、安岡美容室の制服は糸子(尾野真千子)によって一新された。糸子が新しい制服の様子を覗きに行くと、八重子(田丸麻紀)らの様子がおかしい。客を隠そうとしているのだ。そこでは、直子(川崎亜沙美)がパーマをあてようとしていた。
直子は上京するにあたり、田舎者だと馬鹿にされないように髪型を変えようとしていたのだ。自分で小遣いを貯めたのだから親に口出しされる筋合いは無いと突っぱねるが、糸子の猛反対によってパーマは中止されてしまった。直子はふてくされた。家に帰ってきても、東京で着るおしゃれな服がないと言っては拗ねてしまった。
糸子と八重子は、婦人雑誌でディオールの最新デザインの検討をした。若手デザイナー、イブ・サンローランが発表した洋服は「トラペーズ・ライン」と呼ばれるものだった。それはウエストラインが絞られておらず、肩からスカートに向けて緩やかに広がっていくシルエットであった。台形のようなシルエットが奇抜で、世界で流行の兆しを見せていた。
しかし、糸子にはその良さがさっぱりわからなかった。それはまるで、大正時代のアッパッパそっくりに思えたのだ。糸子は年若いイブ・サンローランのことを心底バカにした。
ある日、北村(ほっしゃん。)が家に訪ねてきた。糸子と組んで仕事をしたいという。流行しつつあるトラペーズ・ラインの既製服をいち早く発売するので手伝って欲しいというのだ。
しかし、糸子はきっぱりと断った。北村は業界にホラ話を吹聴する男だから信用できないのだ。それに加えて、トラペーズ・ラインの服など日本で売れるはずがないと決めてかかっている。外国人にしてみれば目新しくて良いかもしれないが、日本人が着ればアッパッパそっくりで垢抜けないと考えているからだ。
ただし、直子はトラペーズ・ラインを一目で気に入った。糸子は、北村と直子の見る目のなさに白けるばかりだった。
いよいよ、直子が服飾専門学校に入学するため、東京に旅立つ日となった。しかし、直子はまたしても朝からしょぼくれていた。東京に来て行く服がないと言ってしょげているのだ。糸子はイライラした。
ついに、直子はセーラー服を着ていくことにした。中途半端な格好をするくらいなら学校の制服を着た方がましだというのが直子の理屈だった。糸子は直子の極端な考え方に呆れてものが言えなくなった。
しかし、そんな直子でも、家からいなくなる寂しかった。糸子は直子のいなくなった机に向かって、しんみりとした時間を過ごした。
その寂しさを紛らわせるかのように、糸子はテレビを買った。聡子(安田美沙子)をはじめ、店の者や近所の人々も集まり、のど自慢番組を見ながら合唱した。愉快な時をすごした。
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NHK『カーネーション』第103回
某美人人妻からもらったカーネーション手ぬぐいは、大事にしまっておくつもりだったのに、彼女から「え~、え~?せっかくだから、じゃんじゃん使ってくださいよ~!ねぇ~、ねぇ~。」と甘く詰め寄られ(セリフ等はイメージです)、美人にそこまで言われたら無下にするもの野暮だなぁと思いつつ、かといって汗拭きなどに使って汚すのもモッタイナイなぁと思い、考えた挙句「そうだ、小洒落たブックカバーとして使おう!」(折り方: 参考1「永楽屋」、参考2「伊兵衛日記」、参考3「D&DEPARTMENT」)ということを決めた当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第103回目の放送を見ましたよ。
東京の洋裁学校で優子(新山千春)を指導している原口(塚本晋也)が訪ねてきた。偶然そばまで来たので立ち寄ったという。
原口は、オハラ洋裁店に入るやいなや、店を褒めちぎった。その態度に糸子(尾野真千子)も気を良くして、一家全員で原口を歓迎した。
原口は気さくな人柄で、話題が豊富で面白かった。優子が原口に憧れる気持ちがよくわかったし、糸子たちも同じ気分になった。けれども、原口は一度話し始めると時間を忘れる癖があった。気づくと深夜2時になっており、そのまま小原家に泊まっていくことになった。
娘たちの寝室を借りて寝ることになった原口であるが、部屋に入った途端、またしても大声で騒ぎ始めた。部屋に置いてある絵画を見て、その出来の良さに興奮してしまったのだ。
その絵は直子(川崎亜沙美)の作品で、新聞社のコンクールで大賞を獲得したものだ。原口に請われ、直子は自分の絵を次々と原口に披露した。そしてふたりは、夜通し絵について熱心に語り合った。
一家全員と親しくなった原口だが、千代(麻生祐未)だけは警戒心を解かなかった。彼女は、原口が優子との結婚の申し込みに来たと勘違いしていたのだ。中年の原口では優子と年齢が吊り合わないと考えている。
朝になって、原口は台所の壁にヒビが入っているのを見つけた。千代によれば小さな傷なのでわざわざ職人を呼ぶのも気げ引けて、そのままにしてあるという。原口はすぐに直子から美術道具を借りて、手早く修繕を始めた。その気軽な親切さに触れ、千代も原口のことが気に入った。
壁の修理をしながら直子とふたりっきりになった原口は、彼女の将来の希望について聞いてみた。
直子は美術大学に進学し、画家になる予定だと答えた。家業は優子が継ぐことで本人も周囲も納得しているから、自分は違う道に進むのだと告げるのだった。
しかし、原口は何かを見抜いていた。
本当に服よりも絵が好きなのかと聞くと、どうも直子の態度は煮え切らない。原口は壁に向かって作業の手を休めることはないが、真剣な口調で言った。優子が家を継ぐのであれば、直子は独立して店を持てばいい。それは格好のいいものだ、と。
直子は揺れた。自分が上京したら、原口は面倒を見てくれるかと尋ねた。原口は受け入れると即答した。
そこで話は終わって、原口は東京へ帰って行った。
その夜、直子があらたまった様子で糸子の前に現れた。
直子は、高校を卒業したら優子と同じ服飾専門学校に入学し、原口に師事したいと言い出した。床に頭を下げ、一心不乱に頼み込んだ。突然のことに驚く糸子は気圧されてしまい、深く考えずに思わず許可してしまった。
後日、直子から話を聞いた北村(ほっしゃん。)はひどく驚いた。以前は優子も直子も服飾の道に進むことをあれほど嫌がっていたのに、ふたりとも正反対の決断をしてしまったからだ。
そして北村は、決して楽な道ではないと助言した。同じ仕事をするということは、身内が身内ではなくなり、商売敵となる。それでもやっていく自信はあるか問いただした。もちろん直子はそのことを理解していた。むしろ、糸子や直子がライバルとなる方が面白いとまで言い出す始末だった。
一方、同席した聡子(村崎真彩)は甘い物を食べるのに一生懸命で、家族の分裂も自分の進路も何も興味がなさそうだった。
翌1958年(昭和33年)元日。
優子が里帰りした。直子が上京すること、さらには家賃節約のためにふたりで一緒に住むよう言われたことで優子は逆上した。浮かれて東京弁ばかり使っていた優子であったが、感情が爆発し、思わず岸和田弁で怒鳴った。
優子は直子の上京を猛反対した。画家になると言っていたのに、今さら洋裁を始めることは許せないと言うのだ。洋裁の道は自分だけのものであり、直子が闖入することを見逃すことはできないと、目に涙を浮かべて訴えた。洋裁は誰が始めても良いものだと言って糸子がなだめても、一切聞こうとしなかった。
優子が興奮すればするほど、直子は冷静になっていった。
そして、直子は悪魔の一言を述べた。優子は直子の才能を恐れているのだと、皆の前で言った。直子が洋裁を始めると、優子の居場所がなくなることを心配しているのだと悪意を込めて言った。図星をつかれた優子は泣いて飛び出した。
今の糸子には、常に反発しあう姉妹をどうすることもできなかった。
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NHK『カーネーション』第102回
あまりに寒くて「寒い・・・」以外にマクラの思いつかない当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第102回目の放送を見ましたよ。
1957年(昭和32年)秋。優子(新山千春)が上京して2年が経った。
優子が里帰りした。彼女は東京弁を使うようになり、すっかりあか抜けていた。聡子(村崎真彩)は都会的な優子のセンスに憧れを持ったが、直子(川崎亜沙美)だけは東京かぶれの優子のことを軽蔑した。最近、直子は新聞社の絵画コンクールで大賞を獲得したという。優子も過去にそのコンクールに応募したことがあるが、彼女は佳作しか獲れなかった。直子は優子に嫌味を言うのだった。
また、優子は妹たちに向かって、自分が姉妹を代表して跡継ぎになることを引き受けた。だからふたりは家のことを心配せずに、好きな道を進めと言って聞かせた。聡子は素直にそれを聞き入れたが、直子は憮然とするばかりだった。
優子は、糸子(尾野真千子)の仕事にまで口出しするようになった。これからは洋裁師の地位は向上し、芸術家と同じにみなされる時代になると語った。だから、客に頭を下げたり媚びたりしなくてよいと言って、糸子の商売哲学を否定した。
もちろん、そんなことを言われて受け入れる糸子ではなかった。しかも、優子の言っていることは自分自身の確固とした意見ではなく、東京で師事している原口先生の受け売りに過ぎなかったのだ。糸子は、優子の生意気な態度に腹を立て、不快感を隠すこともしなかった。
あまり優子が原口先生のことばかり口にするので、千代(麻生祐未)は心配になった。優子と原口先生が男女の仲になっているのではないかと疑っているのだ。しかし、糸子はそれに関してはありえないと否定した。千代は祖母として優子のことを贔屓目に見ているが、客観的に見れば優子は女として魅力的ではないというのが糸子の意見だった。千代は若い頃から美人だったのでもてたかもしれないが、糸子や優子はその器量を受け継いでいないと言うのだ。
それに、優子は小さい頃から権威に影響されやすい所がある。例えば、戦時中は軍事教練に熱中したことがある(第70回)。今も、東京で指導を受けて、それを過剰に受け入れているだけだろうといって、あまり真剣に取り合わなかった。
そうして、優子はまた東京へ戻っていった。最後の最後まで、原口先生のことばかり喋りながら帰って行った。糸子はすっかり呆れてしまった。
11月頃、糸子は泉州繊維商業組合の会合に出席した。
周防(綾野剛)本人は来ていなかったが、三浦組合長(近藤正臣)と彼のことについて噂話をした。三浦によれば、紳士服経営者の会合に周防が久しぶりに顔を出し、元気で順調な様子を確認できたという。糸子も同じ情報を掴んでいた。というのも、周防の所へは松田(六角精児)を集金に派遣しており、彼から様子を聞いていたからである。そこまで話して、周防のことは打ち切りになった。
近頃、繊維業界への女性進出が著しい。糸子は自分の仲間ができたことを心から喜んだ。組合事務所での会合の他にも、外で頻繁に会っては意見や情報の交換をした。糸子の志と同じく、女手で店を切り盛りしようと奮闘する仲間とはよく気があった。彼女らと会うことは糸子にとって楽しいことだった。「男は妙な意地やプライドがあるから客と対立することがままある。しかし、自分たち女にはそういった変なこだわりがない。だからうまくやれるのだ」などと言っては盛り上がった。
そんなある日、木之元(甲本雅裕)のアメリカ商会を見知らぬ男が覗き込んでいた。木之元が話しかけると、彼は素っ頓狂な様子で商品をべた褒めした。その様子に感激した木之元はすっかり彼と意気投合してしまった。その男は別の用事があって岸和田に来たのだが、そんなことなど忘れてしまったかのように話し込んだ。
その男こそ、優子が師事している原口(塚本晋也)だった。
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東直己『札幌刑務所4泊5日』
著者は、大泉洋主演の映画『探偵はBARにいる』(2012年2月10日にBlu-Ray等が発売される; amazon)の原作者である東直己。札幌出身、在住。
本書は、著者が作家デビュー前に経験したことに基づき、1994年に出版されたもの。
当時、売れないフリー・ライターだった著者は、刑務所の体験ルポを書こうとしていた。
その矢先、偶然にも原チャリの18キロオーバーで捕まった。これ幸いと、反則金の支払いに応じなかった。裁判で罰金刑判決を受けるも、さらに支払いを無視。晴れて著者の思惑通り、刑務所で懲役刑を受けることになった。
ただし、刑期は5日間だった。18キロの速度超過の罰金は7,000円だったという。法律により、刑務所での労役は2,000円/日と定められているそうだ。そのため、著者は4日間の労役で刑期を終えてしまう(途中、労役のない日曜日があったため合計5日間入所したようだ)。
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NHK『カーネーション』第101回
某美人人妻からカーネーション手ぬぐいを贈ってもらったのだが、「うわっ。もしかして彼女は俺に気があるんじゃないの?糸子みたいに『最後に言わして下さい。好きでした』とか言われたらどうしよう。俺は周防のように禁断の恋に走っちゃうのかっ!そんでもって、三浦に『はずれても、踏みとどまっても、人の道』などと言われてしまうの!?」と考えをめぐらせ、ムラムラしたり(性的に興奮している様子)、ヤマヤマしたり(やましいことを考えている様子)、アヤアヤしたり(慌てふためいている様子)している当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第101回目の放送を見ましたよ。
1955年(昭和30年)9月。
優子(新山千春)は大阪の洋裁専門学校へ熱心に通っている。朝は妹たちよりも早く起き、機嫌よく身支度を整えて出かけていく。周囲の人々はみな、優子をオハラ洋裁店の跡取りだと認めチヤホヤしている。
ただし、糸子(尾野真千子)だけは優子にその気があるのか半信半疑だったが、表面上は強く後押ししていた。優子が学校の課題について糸子に相談すると、糸子も親身に対応してやるのだった。
周囲がそろって優子をもてはやす様子を、直子(川崎亜沙美)だけは苦々しく眺めていた。
9月14日、だんじり祭が開催された。
戦争が終わって10年経ち、男たちも街に戻ってきた。そのおかげで、祭りも往年の勇壮さを取り戻していた。女性でもだんじりを曳くことができるようになったので、直子と聡子(村崎真彩)は装束に身を包み朝早くから出かけていった。糸子も楽しげにふたりを見送った。
夜は小原家で宴会が催された。
人々が盛り上がる中、優子が糸子の前に進みでた。そして、みんなが聞いている中で、東京へ勉強に行きたいと言い出した。洋裁学校の先生が優子の才能を認め、東京の有名な先生を紹介してくれたという。先生にスタイル画を送ったところ大いに評価され、ぜひとも上京しろと招かれたのだ。
優子は自分の描いたスタイル画を披露した。それは糸子も息を呑むほどの出来栄えだった。糸子は優子の眼差しの中に、これまでにはなかった輝きを見た。本気で自分の人生を切り拓こうとし、熱心に頼み込む優子の姿を、ついに糸子は認めた。糸子は無言で頷き、それで優子の東京行きが決まった。
その出来事で、宴会はますます盛り上がった。人々は優子のことを祝福した。優子も泣いて喜んだ。
しかし、その騒ぎとは裏腹に、直子だけは少しも面白くなかった。
優子が出発する日の朝、彼女はふたりの妹に別れを告げていた。ふたりで力をあわせて母を助けることを言って聞かせた。また、将来の跡継ぎは自分が引き受けるから、妹たちは自由に自分の人生を歩めと励ますのだった。
聡子は、自分の大好きなテニスに打ち込むことを約束し、姉の優しさに感謝した。
一方、直子は優子の話を聞き流して、絵ばかり描いていた。
いよいよ出発という段になって、優子は母に買ってもらったバッグを東京行きの荷物の中にしまい込んでしまったことに気づいた。他に鞄を持っていないために難儀してしまった。
すると、
バッグを送る荷物に入れてしまった。
松田(六角精児)が、居間に放り投げられていた赤いバッグを見つけてきた。それは、糸子が直子の中学卒業祝いとして贈ったものだった。
居間に落ちていたということで、直子がそのバッグに興味を失っているだろうことは誰の目にも明らかだった。そこで、優子はそれを持って出かけることにした。
ところが、自分のバッグを無断で持ち出されたことに気づいた直子は、道を追いかけて優子に組みかかった。優子を地面に押し倒し、バッグを力づくで奪おうとした。それを返すまいとする優子との間で揉み合いになった。糸子が止めに入っても、なかなか収まらなかった。
結局、バッグを直子に返し、優子は昌子(玄覺悠子)が店の奥から見つけてきた古臭い手提げ鞄を持って旅立つことになった。
優子が去っていくのを、直子だけは見送らなかった。部屋で赤いバッグを抱きしめて泣いていた。
周囲の者は誰一人として、糸子も含めて、直子の悔しい気持ちには全く気付こうともしなかった。
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NHK『カーネーション』第100回
節目だからといって特に面白いマクラが思いつくわけでもないけれど、残り3分の1もどうぞよろしくお付き合い下さいとお願い申し上げる当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第100回目の放送を見ましたよ。
1955年(昭和30年)2月。
優子(新山千春)は、妹たちよりも一足早く高校を卒業した。しかし、卒業式を終えても冴えない顔をしていた。東京の美大に進学する予定だったのに、糸子(尾野真千子)が急にそれを禁じてしまったからだ。
近所の人々は、ずっとふさぎこんだままの優子のことを心配したが、直子(川崎亜沙美)だけは優子の態度に反発した。優子は昔から甘やかされて育ったので、暗い顔さえしていればみんなから同情されると思って、芝居をしているだけだと切って捨てた。
糸子は娘たちの通知簿を見ていた。
小学生の聡子(村崎真彩)は体育だけが5で、あとはほとんど1ばかりだった。中学生の直子はそれよりは多少ましだったけれど、ほぼ似たようなものだ。糸子は彼女らをしかるでもなく、むしろデキの悪さを見て他人ごとのようにバカ笑いするのだった。
一方、優子はどの教科も成績優秀だった。糸子も優子の成績には一目置いた。
しかし、美大進学を簡単に許す気はなかった。優子が自分で覚悟を決めるまで、わざと反対し続ける決意でいた。糸子も本心では優子の進学を願っていたし、早く悪者役を降りたいと思っていた。けれども、優子の成長のために心を鬼にしているのだ。彼女が反対を押し切って我を通した時には、喜んで応援してやるつもりでいた。
優子の美大受験はいよいよ明後日に迫った。明日には上京しなければならない。しかし、まだ糸子の許しは出ていなかった。
夜遅く、布団を抜けだした優子は店に降りていった。まだ仕事をしていた糸子に、泣きながら訴えた。糸子が理不尽にも態度を急変させたため、自分は混乱した。どうしていいか分からないと喚き出した。
しかし、そんな優子の態度にも糸子は動じなかった。親に甘えるのではなく、自分でどうすれば良いか考えろといって突き放した。
優子は布団に戻ったが一睡もできないまま夜が明けた。
すると、千代(麻生祐未)が旅支度を持って寝室に現れた。ヒソヒソと話しながら優子に東京へ行って受験するよう勧めた。悔いが残るのは良くないし、糸子のことは自分に任せておけと言って安心させた。そうして、優子を送り出した。
その一部始終は、直子が聞いていた。直子は優子のことを敵視しながらも、動向が心配でいるのだ。
同じく、隣室で寝ている糸子もその物音を聞いていた。しかし知らんぷりをした。優子が受験に向かって、糸子も安心したのだ。優子が合格したら、もう一度彼女の覚悟を確かめるための芝居をうたなければならないと思うと気が重かったが、その時はその時だろうと楽観できた。
ところが、優子は東京行きの汽車には乗らなかった。一日中大阪駅でブラブラして、他に行くところがなくなって北村(ほっしゃん。)を訪ねた。北村は機嫌よく優子を迎えてくれた。
北村に懐いている優子は、彼には本心を全て明かすことができた。
優子は、糸子の言う通り、自分に覚悟の無いことを自覚している。だから糸子を説得することができないし、糸子も自分のことを許してくれない。むしろ、糸子が本音では美大行きを応援してくれていることも理解していた。けれども、その期待に応えられない自分を不甲斐なく思った。
実際、優子は画家になりたいわけではなかった。糸子に褒めてもらいたいと思っているだけなのだ。
戦争中、物資が不足する中、優子は糸子に色鉛筆を買ってもらった。そして、それで綺麗なものをいっぱい描け、綺麗なものを知らない妹たちのために絵を描いて喜ばせてやれと言われた(第70回)。その通りにすると、糸子は褒めてくれた。それが嬉しかったというのだ。
美大に行けば、ますます優子のことを認めてくれて、褒めてくれると思っていた。それが美大行きの動機だというのだ。
北村は、洋裁屋を継げば大いに褒めてくれるはずだと助言した。しかし、優子は洋裁屋にだけはなりたくないと言う。自分は親孝行をしたいのではなく、単に褒めてもらえればそれでいいのだという。北村には、親孝行と褒められることとの違いがわからなかった。もうこれ以上は付き合いきれないとさじを投げた。
優子は優子で、打ち明け話をしてすっかり気が晴れた。
その日の夜遅く、優子は北村に連れられて帰宅した。糸子はイライラしながら仕事をするだけで、優子に対して特に小言を言うでもなかった。優子も思いつめて、眠れぬ夜を過ごした。
そして結局、優子は4月から大阪の洋裁専門学校へ通うことが決まった。
小中高とそれぞれ学校を卒業する娘たちのために、糸子は贈り物を用意した。
運動だけが取り柄の聡子には、真っ赤なスニーカーをプレゼントした。お洒落に目覚め始めている直子には真っ赤で派手なハンドバッグが与えられた。ふたりは大喜びした。
続いて糸子は、2階の部屋に一人でいる優子にもプレゼントを持っていった。自分たちへの贈り物よりも大きな紙袋であることが気になった直子は、こっそりと覗きに行った。
優子へのプレゼントは、落ち着いて上品な、見るからに上等なバッグだった。
ついさっきまで魅力的だった自分の赤いバッグが、急にみすぼらしく、つまらない物に思える直子であった。
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NHK『カーネーション』第99回
ラサール石井が32歳年下の女性と結婚するという話(デイリースポーツ)を知り、「おいおいおい!劇中でも若い(と言っても三十代半ばという設定)の奈津(栗山千明さま)と結婚した(第95回)のに、私生活でもか!?」と言わずにおれなかった当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第99回目の放送を見ましたよ。
1954年(昭和29年)12月。
学校への出かけ際、優子(新山千春)は糸子(尾野真千子)に念押しをした。優子に絵を教えている芳川(久野麻子)が洋服を作りに来るので、失礼のないようにして欲しいと言うのだ。糸子は多くの仕事を抱えていて、その予約のこともうろ覚えだった。優子はよく言い聞かせて家を出た。
午後、芳川がオハラ洋裁店にやってきた。ひと通り作業が終わると、糸子と芳川は優子の進路について話をした。
糸子の考えは、優子の好きにさせようというものだった。娘たちには家を継ぎたくないとはっきり言われており、それは仕方のないことだと諦めている。それだったら、彼女らの好きにさせてやろうというのだ。
芳川も優子の才能を大いに認めていた。ただし、画家として生計を立てることは生やさしいものではないと言うのだった。優子にそれだけの覚悟があるかどうか、芳川にも疑問だという。優子が美大進学を強く志望していることはわかるが、その先の生活について真剣に考えているかどうかはわからないというのが芳川の見立てだった。
その話を聞いて、糸子は優子の覚悟を確かめる必要があると考えた。優子が帰宅するやいなや、ふたりっきりで問いただしてみた。
ところが優子は、糸子が納得するだけの言葉を即答することができなかった。漠然と絵が好きで得意だということ以外に、美術大学へ進学する理由を挙げられなかった。駆け出しの画家は極貧に耐えなくてはいけないことや、一生芽が出ないかもしれないリスクなどについて何も考慮していないことが明らかだった。
糸子は優子を怒鳴りつけ、美大への進学を一方的に禁じた。
優子は一人でいつまでも泣き続けた。これまで自分の進路について放任主義だった糸子が、突然口出しするようになった理由がわからずに混乱した。急に自分の将来を否定されて、どうしていいのかわからなかった。妹たち(川崎亜沙美、村崎真彩)も関わり合いにならないように、めそめそする優子から距離をおいた。
そんな中、千代(麻生祐未)は優子の味方だった。夕食も摂らずに泣き続ける優子におにぎりを作って持ってきてくれた。そして、糸子がなんと言おうと千代だけは優子の味方だと慰めた。千代が面倒を見るから、美術大学を受験すればよいと後押しするのだった。それで、優子の気も晴れた。
ただし、その日から優子は糸子と口を利かなくなった。その上、あちこちで糸子の理不尽さを吹聴して回った。糸子は近所でちょっとした悪者扱いされるようになり、少々困っていた。もちろん、そんな事でめげたり、考えを変えたりする糸子ではなかったが。
ついに優子は、糸子に向かって、死んでも糸子の跡を継がないと罵るようになった。
その言葉は、糸子にとって屁の河童だった。もともと糸子は、優子に跡を継いで欲しいとは思っていないからだ。それに、優子が「母は跡を継がせたくて美大行きを禁じた」と勘違いしているようではまだまだだと思った。
加えて糸子は、優子が親の言いつけなど守らずに、勝手に受験するくらいの気概を見せることを期待して待っているのだ。
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