>宮本輝の作品はほとんど読んだというトモエンジェルさんが、一番好きだと言っていた、宮本輝の『錦繍(きんしゅう)』を読んだ。
確かに、これは良い。
男女の後ろめたい過去と、決意を秘めた将来が、美しい日本語でゆっくりと語られていく。
読んでいて、本当に気持ちのいい小説だった。
10年ほど前に、スキャンダラスな事件に巻き込まれて離婚し、音信不通だった男女が、旅先の山形で偶然の刹那的な再会を果たす。女は、逡巡しながらも、正直な気持ちを打ち明けたくなって手紙を差し出す。
前略
蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。私は驚きのあまり、ドッコ沼の降り口に辿りつくまでの二十分間、言葉を忘れてしまったような状態になったくらいでございます。
有名な文学作品は、たいてい印象的な出だしであるものだが、この『錦繍』の冒頭文も僕は一生忘れないんじゃないかと思う。