駒大苫小牧 vs 広陵は 4-5 で広陵の勝利。
涙でスコアボードがにじんでいます。
ていうか、去年まではたいそう立派なデジカメを持って応援に行っていたのですが、今年はケータイのカメラのみ。
おかげでちゃんと撮影できなかった。
ごめんなさい。
駒大苫小牧 vs 広陵は 4-5 で広陵の勝利。
涙でスコアボードがにじんでいます。
ていうか、去年まではたいそう立派なデジカメを持って応援に行っていたのですが、今年はケータイのカメラのみ。
おかげでちゃんと撮影できなかった。
ごめんなさい。
自分の出身校を「母校」と言い、自分の出身校の近くにある学校を「叔母校」と言う。一昨々年、そう決めた。
一昨年、叔母校の野球部が甲子園で試合を行うときには、堂々と会社を休んで応援に行った。
昨年は「甲子園ウィーク」と1人で勝手に決め、夏休みをとって応援に行った。伝説の決勝戦・延長引き分けは外野スタンドで観戦し、結局翌日は出社日であり、再試合はテレビ観戦とあいなった。
今年は、諸般の事情で休みが取りにくいのだが、1回戦が明日なので、これは万難を排して応援に行く所存。
#そのせいで、某ウルティマ・オフラインは中止なのです。ごめんなさい。
そんなわけで、明日(8月11日)は 対広陵戦 16:00 プレイボール。
なお、当方の大叔母校と言っても過言ではない駒大岩見沢(北北海道代表)は、1-7で帝京に負けちゃいました。
Movable Type 4.0を入れて、ちょうど24時間ほど経った。
脊髄反射並みの感想を述べてみるものなり。
【困っていること】
【うれしいこと】
なお、version 3.3 以前からバージョンアップしようとしている人がいたら、しばらく見送ったほうが良いというのが、僕からのアドバイス。
アップグレードの際にデータベースも書き換わるようなので、気に入らなくなっても、簡単にダウングレードできないのではないかと思われる。
当方、かなり後悔中だし。
7月19日に、奈良市にオープンしたばかりのVALUE’S DININGにアタックしてきた。
建物の写真を撮り忘れてしまったけれど、エキゾチックな外装・内装の2階建ての建物。
エンタランスも広く、ちょっと高級感があるけれど、料理の値段、内容ともにカジュアルで、気軽に行ける感じ。
入店すると、住所・氏名等を書かされ、メンバーズカードを作らされる(これについては、後でもうちょっと書く)。
その代わり、メンバーズカードを作ることで、1人あたり料理一品が無料サービスされる。
そんなわけで、生春巻きとトムヤムクンをサービスしてもらった。
#マンゴージュースは無料サービス対象外。
当blogをMovable Type 4.0にアップグレードしてみました。
今のところ、ちゃんと動いている様子ですが、何かおかしなことがあったらコメント欄でお知らせいただければ助かるなり。
もうお気づきのことと思うが、ここ数日、森見登美彦の作品を読みまくっている当方がいる。
『太陽の塔』→『新釈 走れメロス 他四篇』→『夜は短し歩けよ乙女』と流れてきた。
たった今、「夜は短し歩けよ乙女」を読み終えた。
近代文学のような格調高く理路整然とした文体で、実在の京都を舞台に縦横無尽に書き連ねられるバカ話!
今まで、「抱腹絶倒」という言葉を言ったことも書いたこともないし、その言葉の意味するニュアンスもよくわからなかった当方であるが、この書でその意味を心の底から理解した。
そんなことは絶対にないだろうが、京都の四条河原町を歩いていて、色白でベビーフェイスで清楚な見ず知らずの女の子に
「いつも alm-ore 読んでます!サインをお願いします!」
と言われたら、色紙に座右の銘として「抱腹絶倒」と書いてしまうほどの勢いである。
『夜は短し歩けよ乙女』のページをめくる度、肩を揺らし、「くくくっ」と笑い声をもらし、目からは笑い涙がとろとろと流れたほどである。
全301ページの物語、1ページ当たり1mlの笑い涙、もしくは笑ったときに飛び出した唾、腹筋の躍動による汗等が流れたとしたら、全部で296mlの水分を放出した計算になる。
296cc といえば、今朝コンビニで買って飲んだアリナミンVのおよそ4本分弱である。
うっかりの多い生涯を送って来ました。
自分には、注意深い生活というものが、見当つかないのです。
自分は北海道に育ちましたので、アジの開きをはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。
自分はつくばのビジネスホテルの朝食に出てきたアジの開きを、箸でほじくり、食べて、そうしてそれがアジだとは全然気づかず、ただそれはかなり小ぶりなホッケの開きだと思い、ホテルが朝食の材料費をケチり、不当な利益をむさぼるために用意されたオカズなのだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。のちにそれはただ本州ではおなじみのアジの開きだと知り、すこぶる日常的な朝食風景に過ぎないのを発見して、本州出身の女の子に小馬鹿にされました。
(c.f. 太宰治『人間失格』)
森見登美彦「夜は短し歩けよ乙女」より。
「おともだちパンチ」を御存知であろうか。
たとえば手近な人間のほっぺたへ、やむを得ず鉄拳をお見舞いする必要が生じた時、人は拳を堅く握りしめる。その拳をよく見て頂きたい。親指は拳を外側からくるみ込み、いわば他の四本の指を締める金具のごとき役割を果たしている。その親指こそが我らの鉄拳を鉄拳たらしめ、相手のほっぺたと誇りを完膚なきまでに粉砕する。・・・(中略)
しかしここで、いったんその拳を解いて、親指をほかの四本の指でくるみ込むように握りなおしてみよう。こうすると、男っぽいごつごつとした拳が、一転して自身なさげな、まるで招き猫の手のような愛らしさを湛える。こんな拳ではちゃんちゃら可笑しくて、満腔の憎しみを拳にこめることができようはずもない。かくして暴力の連鎖は未然に防がれ、世界に調和がもたらされ、我々は今少しだけ美しきものを保ちえる。
「親指をひっそりと内に隠して、堅く握ろうにも握られない。そのそっとひそませる親指こそが愛なのです」彼女はそう語った。