今週、人権問題啓発ドラマ(タイトル、製作時期等不明)を見たのだが、同和地区出身者を演じたはりた照久という役者さんの名前に見覚えがあるなぁと思っていたら、糸子に300坪のテントを発注した男性を演じていた人だとわかって(第45-46回に登場)、思わずニヤリとした当方が、NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』の第121回目の放送を見ましたよ。
1965年(昭和40年)3月。
オハラ洋装店の隣で履物屋を営む木岡の妻(飯島順子)がやって来た。最近、若い男達が決まって同じような靴を探しに来るが、彼女にはそれが何かわからないというのだ。糸子(尾野真千子)は、それがローファーという靴だと教えてやった。男性の間ではアイビールックが大流行しているのだ。
糸子は、北村(ほっしゃん。)がアイビールックにいち早く目をつけていたことを思い出した。話を聞くと、確かに昨今のアイビーブームで北村は大儲けしたという。しかし、その儲けは同時に手がけていたデザイナー育成計画につぎ込んで失ってしまったという。
聡子(安田美沙子)が、村山(染谷有香)という客の注文を受けた。聡子が糸子に見せたデザイン画はまたしても丈の短いスカートだった。初めての仕事で同じような提案をして客(末成由美)にこっぴどく叱られたのを懲りていないらしい。正直、糸子にはそのデザインが良いのか悪いのか判断がつかなかった。自分の感性には合わないが、若い人達はそれを好むかもしれないと思うのだ。
聡子には、客に提案して直接意見を聞くよう指示した。
客の村山は、やはり短すぎるスカートに難色を示した。自分の足を露出するのは恥ずかしいというのだ。けれども一方で、本音では履いてみたいのだという。
糸子は、店に顔を出したサエ(黒谷友香)にも意見を求めた。サエによれば、女はきれいな部分を見せたがっているに違いないと述べた。自分が初めて糸子に作ってもらったイブニングドレスの背中が大きく空いたデザインを引き合いに出し、自慢の背中を見せることができたことが嬉しかったと思い出を述べた。
さらに、パリを旅行中の直子(川崎亜沙美)から電話がかかってきた。パリではミニジュップという丈の短いスカートが大流行しているというのだ。元々ロンドンで流行っていたものを、クレージュが春に発表し、瞬く間に爆発的流行になったという。
これらの話から、糸子は時代が変わったことを感じ取った。日本でも確実に流行すると直感した。親に叱られようが、嫁に行けなくなろうが、若い女の子たちがこぞって履きたがるだろうと予想した。
心斎橋の優子(新山千春)の店が開店した。記念パーティーにはパリから帰国した直子を初め、多くの人々が集まった。
その場で糸子は、北村にミニスカートを作って売るよう説得した。糸子が最近学んだ時代の変化を伝え、聡子が実際に着用して見せた。優子や直子も後押しした。口は悪いが女性に弱い北村は、初めて見る聡子のミニスカート姿を恥ずかしがり、狼狽した。女たち4人に詰め寄られ、もじもじしているうちに彼女らの提案を受け入れざるを得なくなってしまった。
それから1年も経たない、1966年(昭和41年)4月。
糸子の予言通り、日本でもミニスカートが大流行した。街中がミニスカートだらけになった。女の子たちは、これまで隠されていた自分の足を露出させ、とても嬉しそうにしていた。デザインの大変革とブームの大爆発によって、ファッション下克上と言われるほどの事件となった。
糸子らのアドバイスに従ったお陰で、北村もビジネス・チャンスを逃すことなく大儲けした。
しかし、未だに北村は恥ずかしがってばかりいる。街を歩いてもどこを見ていいのかわからないという。そのことを糸子にからかわれてばかりいる。
糸子は世の大変化を感じ取り、ワクワクしていた。時代がどんどんと変わっていくことを心から楽しんでいた。
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