扁炉 (ピェンロー) を作って食べた 2011

扁炉

白菜、豚肉、鶏肉などを、ゴマ油を利かせた汁でトロトロに煮込んだ鍋、扁炉 (ピェンロー) を作って食べた。毎年1月3日に食べるのが恒例。

ちょうど1週間前、白菜を買ってきて放置。「ペナペナ白菜」を仕立てた(参考記事)。
満を持して扁炉 (ピェンロー) を作って食べた。

そう、白菜。

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映画『ゲゲゲの女房』

 「やっぱり、これを見ないことには区切りがつかないよな、もしくはボーナストラックと考えてもらってもいいよ」とひとりごちている当方が、映画『ゲゲゲの女房』を見ましたよ。

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 武良布枝(吹石一恵)は、島根県安来で家業の酒屋を手伝っているうちに婚期を逃してしまい、すでに29歳になっていた。本人は乗り気ではなかったのだが、両親に勧められるがまま、武良茂(宮藤官九郎)という男と結婚した。
 茂は布枝よりさらに10歳も年上で未婚、戦争で左腕を失ってしまったという。最良の条件とは言えなかったが、貸本漫画家として東京で活躍しているという話であった。
 見合いをしてから5日で結婚し、すぐに東京で夫婦生活を始めた。

 しかし、茂の暮らし向きはお世辞にも良いとは言えず、布枝は驚く。茂を問い詰めたところ、見合いを成功させるために仕事が順調だとウソをついたことをあっさりと認めた。その上、少しも悪びれるところがなかった。
 家には1粒も米がないどころか、米屋への支払いもずいぶんと滞ったままだった。家屋はボロ屋である上に、新婚家庭の2階には布枝の知らない男が間借りしていた。茂は傷痍軍人恩給をもらう資格があったが、受取人は実家の両親になっており、茂には一銭も入ってこないという。
 茂は布枝を連れて帰って来るや、ろくに話もしないうちに仕事部屋に一人で篭ってしまった。布枝は途方にくれてしまった。

 生活を始めるも、茂は仕事ばかりで、少しも布枝に心を開こうとしない。しかも、貸本漫画業界の景気も悪く、原稿料は値切られるばかりだ。布枝は、ついに野草を採ってきて料理をしなければならないところまで落ちぶれた。

 ふと、居間の振り子時計のゼンマイが巻かれていないことに気づいた。毎日ゼンマイを巻くときだけ、布枝は自分が人間らしく生きていることを実感するかのようであった。
 しかし、生活に困ってしまい、その振り子時計も質入されてしまった。

 人手が足りなくなった茂は、布枝に原稿作成を手伝うよう命じた。持ち前の器用さでアシスタントを立派に務める布枝であったが、いまだ茂の漫画の内容は理解できずにいた。
 子供も生まれ、ますます生活は逼迫する一方だった。ついに爆発した布枝は、茂が大切にしていた漫画用資料を古本屋に売却するよう迫る。漫画では食っていけないので、転職するよう訴えたのだ。

 しかしその直後、茂の個性的な作品は週刊少年マガジンの編集部の目に留まり、破格の条件で同誌へ執筆することを依頼された。

 作品を書き上げた茂は、意気揚々と編集部へ作品を届けに出かけた。

 布枝は留守番をしながら、畳に横たわり伸びをした。
 やっと運が向いてきたことに気が軽くなったのだ。

 質受けすることのできた振り子時計のゼンマイをそっと巻く布枝であった。

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あけおめ、ことよろ 2011

あけましておめでとうございます。

ついこの前始まったとばかり思っていた21世紀も、残すところあと90年あまりとなってしまいました。
時の流れは早いものですが、来世紀までのみなさまのご多幸をお祈りいたします。

あるにゃんは熟睡しながら新年を迎えました。

2011年のあるにゃん

全てはペナペナ白菜の扁炉 (ピェンロー)のために

特に深い理由はないのだが、ここ数年、1月3日に扁炉 (ピェンロー)を食べるのが恒例になっている(2010年1月3日2009年1月3日2008年1月3日)。ただし、2007年のみ1月10日に食べた
何をそんなにこだわる必要があるのか、自分でもよく分からないが、もしかしたら「愛かも」と思わないでもないが、そんな深刻なこととは無関係に、とにかく一度始めたことはなんとなく続けたいので、来年の1月3日にも扁炉を作って食べようと思う。

扁炉(ピェンロー)とは、ゴマ油を利かせた汁の中で白菜、豚肉、鶏肉などをトロトロに煮こむ鍋料理である(簡単なレシピは文末に掲載する)。

体がとても暖まるので寒い冬にはもってこいの料理だし、何より冬の白菜は美味しい。この鍋は、白菜が主役の激ウマ料理なのである。

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そう、白菜。

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今日、本屋で見つけた物: カモちゃんとみかん。

鴨志田穣『遺稿集

2008年3月に発売されたものが文庫化されたらしい。

OZmallという女性向けwebサイトに連載さいれていた「カモのがんばらないぞ」などの他、書き下ろし小説などが収録されているらしい。

鴨志田穣が亡くなったというニュースを聞いた日のことは今でも憶えている。
僕がwebニュースか何かで死亡を知って、仕事仲間の人に教えてあげた。仕事仲間の人は鴨志田穣に少なくない思い入れがあったらしく、かなりショックを受けていた。
ショックを受けつつも、おっさんのくせに女性向けサイトOZmallの存在を教えてくれた。
その日のことは、以前に記事に書いた

「カモのがんばらないぞ」を通しで読みたかったので購入。730円。

なお、説明不要かと思うが、鴨志田穣とはマンガ家・西原理恵子の元夫。最近では、映画『酔がさめたら、うちに帰ろう。』も公開されてますね。同作品の原作者で主人公、自伝的作品。

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岡田好弘 『あたらしい みかんのむきかた

本屋のレジ横に平積みになってた。

昭和レトロな装丁でとても気になり、思わず手に取ってしまった。
みかんの皮を巧妙に剥いて、犬や鶴などの作品を作成する方法の指南書。

あまりのバカバカしさが気に入って購入しそうになったが、自分でみかんを買って食べる習慣をほどんど持たない当方はスルーしてしまった。

ビデオあり。

本格スモーク チキンハムだぜっ。もらったぜっ。ぜっ。

昨日書いた文章である:

いつも僕に何かくれる女性の人々はみんな人妻ばかりであり、いや、それはそれで嬉しくはあるのだが、人妻じゃ~なぁ~、しかもみんなアラサー以上の人々だし、中にはアラフォー以上だし、素直に喜んでいいのかどうか微妙な感じもしないでもないし、・・・(以下略)

世の既婚女性や30歳以上の女性をおもっくそ敵にまわすような文章を書いたのにも関わらず、世の既婚女性かつアラフォーの女性の中には心の広い人もいる・・・とちょっとフォローしておいた方が良い気がしてきている。
ついでに言えば、妻帯者の男性から贈り物を貰っても、既婚者じゃなぁ~、ていうか♂にモテててもアレだしなぁ~、素直に喜んでいいのかどうか微妙な感じもしないでもないし・・・、なんて思ったり、思わなかったり。

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「恋人よ逃げよう世界はこわれたおもちゃだから」Reimx

「恋人よ逃げよう世界はこわれたおもちゃだから!」という曲がある。大槻ケンヂ作詞、内田雄一郎作曲。

元は、山瀬まみのCD『親指姫』に提供された。このCDアルバムは、「山瀬ロック化計画」と銘打たれていて、キッチュなハードロック路線だった。そんな中、アルバムのラストに収録されている同曲は、他とは一線を画す幻想的な雰囲気を持った曲だった。
若い頃は好きじゃなかったけれど、自分が年をとるにつれて、その良さがなんとなくわかるようになってきた。

その後、大槻ケンヂがカバーした。そちらはバンド編成のロック・バラードに仕上げられている。
一瞬同じ曲だとは思えなかったが、よく聞けば、間違いなく「恋人よ逃げよう世界はこわれたおもちゃだから!」だった。
こちらのバージョンは、大人の雰囲気が満載で、これはこれで気に入っている。

過去にも当blogで紹介したことがあり、そちらで両方を聞き比べることができるようにしてある。

そして今回紹介したいのは、山瀬バージョンと大槻バージョンをどこかの誰かが勝手にリミックスしたバージョン。
なかなか上手に統合されていて、あたかも山瀬&大槻のデュエットって感じ。これもいい!

俺の中で、the Beatles の “I’ve got a feeling” が思い出されないこともない。

国境なき医師団へクリスマス寄付 10,680円

11月10日にランニングを始めて以来、本日までの累計走行距離は 106.8kmになった。
これも、みんなが応援してくれた(特に、Facebookの拍手が効く)おかげです。どうもありがとう。

NIKE+GPS 106.8km

ところで、ちょうど半年前、sterai さんがサロマ湖100kmウルトラマラソンにチャレンジした時、彼の走破距離 1kmにつき100円をUnicefに募金するという企画を行った。見事 sterai さんが 100km完走したので、1万円を Unicef に寄付した。
今になって振り返れば、僕が1ヶ月以上かけて走った距離を彼は1日のうちに走りきったのだ。改めてスゴイと思う。

そして、今日はクリスマス・イブ。誰かに、何かちょっとした贈り物をしたいと思った。
その時、半年前の100円/km 募金を思い出した。
そこで、国境なき医師団へ寄付金を送ることにした。これまでの僕のランニングの走行距離 106.8km に応じて、10,680円。

国境なき医師団への寄付完了メール

国や人種や貧富や宗教や政治思想や年齢や性別や頭の良し悪しやその他もろもろに関係なく、サンタクロースや医療スタッフが世界中にやって来ますように。

こんな僕にもサンタクロースはやって来ます。今年は一回り違う女子でした。

先日、さだまさしの『風に立つライオン』を聞いていた。僕のお気に入りの1曲だ。
日本や恋人を捨てて、アフリカでの医療ボランティアに身を捧げた男性が主人公の歌。永らく連絡のなかった元恋人から手紙が届き、それへの返事がそのまま歌詞になっているものだ。

アフリカの大地の雄大な景色を紹介しつつ、必ずしも恵まれない境遇なのにも関わらず希望に満ちた現地人を讃える内容になっている。とてもいい歌詞だと思う(歌詞を見る)。

何度聞いてもラストでは泣きそうになってしまう僕なのだけれど、それと同時に、いつ聞いても必ず「ぷぷっ」と笑ってしまう箇所がある。

去年のクリスマスは国境近くの村で過ごしました
こんな処にもサンタクロースはやってきます
去年は僕でした

いつもは汗と埃にまみれた彼が、赤いサンタクロースの格好をして子供たちに囲まれてニコニコとプレゼントを配っている様子を思い浮かべると、笑ってしまう。
そして、やっぱりちょっとホロリと来る。

今年は僕もどこかの誰かのサンタクロースになれたらいいな、なんて思っていたのだけれど、なんだかんだドツボにはまっている間に、いつの間にかクリスマスになっていた。
何の準備もしていなかったし、誰のサンタクロースにもなれなかった。

なんだか心にも余裕が無い感じで、ダメダメ気分で家に帰ってきた。

ちょっとブルーなクリスマスで家のポストを開けてみると、何やら予期しない封筒が入っていた。
暗い気分を吹き飛ばす、逆転の郵便物だった。

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